びしり、と実に爽快な音を立てて雑誌が白い顔に直撃する。
「何すんだァ!」
「自分の言動を胸に手を当てて考えてみろ!」
「ノンブレス一気レベルかよ畜生! 生憎と心当たりなんぞねえ!」
ちなみに床に36Pを開いて落ちた雑誌は料理雑誌だった。
「そうだな、そうだったな……いつも君はそうだ!」
噛み締めたアーチャーの唇こそ痛々しい。言動のことではない。決してない。
それはこれから訪れるのだ。
さてさてともかく、そこまでの話だ。
彼曰く「生憎と心当たりなんぞねえ」ことでアーチャーに絡まれたランサーは雑誌をぶち当てられただけなわけではない顔を赤く染めて、やや前のめりになっておそらくは誤解であると信じているであろうことを撤回させるべく言い募る。
「あのな。おまえのそういう思い込みの強えぇところは嫌いじゃねえが、こういう時は困るんだよ!」
「奇遇だな。私も君のそういう思い切りのいいすっぱりとしたところは嫌いではない、というか好んでいるが今はそういう話ではない!」
「じゃあどういう話だ!」
「それを身を据えて語ろうと言うのだ!」
座るがいい!と怒鳴るアーチャーに、身に覚えのないことで誰が跪くか!とランサーは怒鳴り返す。
「おまえの面倒臭せえところにゃうんざりとは言わねえよ、むしろどんと来いだ! だけど今はオレの話を聞け!」
「そうやって無理矢理にでも私を引っ張っていくところは好ましいな! 君こそ私の話を聞くべきだ!」
「おまえだ!」
「君だ!」
ぐぎぎぎぎ。
額をぶつけ合わんばかりの至近距離で睨み合いながらランサーとアーチャー。
その視線がやがて捩じれ絡み拗れもがくところになるまでに辿り着いたが、ふたりはそれでも距離を離すことはなかったし、お互いに譲ることもなかった。
未来に待つ結果を思うなら引いておけばよかったのだ。ランサー、アーチャー、どちらでも。
どちらでもよかった。どちらでも構わなかった。結果としてはきっと同じことだ。
どちらでも、同じこと。
「ああもう馬鹿野郎! おまえが料理の本なんぞ投げ付けてくるからその項に載ってたもんが目に焼き付けて離れねえよ責任取れ! 作れ!」
「そんなことは知るか! 私が知るか、たわけ! この話が終わったらいくらでも作ってやる!」
「取引材料にするとはふてえ奴だな!」
「君が頑なだからだろう!?」
「ああ!? 誰が頑なだ、おまえに比べりゃ誰だって緩々の頭してっよ!」
「信じられん! 私の頭が硬いと!?」
「そんなことは言ってねえだろ! おまえの頭の回転は賞賛してんよ!」
「なら!」
「何だよ!」
睨み合い。
無言。
……沈黙。
「……おい?」
ぱしん、と。
不意に、何の前触れもなく。
アーチャーの手首を、ランサーの指先が掴んだ。
あまりにも不意のことで呆気に取られるアーチャーの顔を覗き込むように、何ならくちづけが叶うくらいの近距離に己の顔を近付け、ランサーは。
「オレたちゃ今、何の話してた?」
「…………? ……――――!!」
かあああああ。
褐色の顔が、見る見る内に真っ赤になっていく。
「なあ、おい……なあ?」
「し、し……知るかっ!」
アーチャーは身を揺すり立て、必死に逃げようとするが無理なこと。
「とんでもねえ惚気合戦してる気がしたんだが。オレの気のせいか?」
「だから、し、知るかと……離せ、離さんか、こら!」
「離さねえよ」
「!」
耳元に吐息と共に吹き込むようにささやかれ、アーチャーの肩がびくつく。
「その様はおまえも気が付いてるってこった」
「…………ッ」
「アーチャー」
「く、すぐったい……ッ!」
「返事になってねえよ」
くすくす笑うでもなく、真面目な声音。
そんな相手を無理矢理暴力に訴えて逃げることも出来ず。
しこたま恥ずかしい目に遭い、アーチャーは戦慄き。
それでも逃げられず。
唇を噛み、そうだ、先刻の予告のように痛々しい己の言動を思い返しては震え、また唇を噛んで。
その数秒後に、その唇を奪われたのだった。



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