お金はわたしが全部出してあげる、とイリヤが言った。
万年金欠の凛がそれに頷かないはずはなかった。


「凛……その……何だ」
「ん? なあに、どうしたのアーチャー」
「その……感じるんだ、視線を……やはり、このような服は私には似合わないのでは……」
「何言ってるのよ、わたしたち全員で選んだのよ? あんたのことを考えて、あんただけのことを考えて。それが似合わないわけないじゃない。いーい、自信を持ちなさい、自信を」
「む……」
唇を噤んで黙ってしまったアーチャーに、すかさずぴょんと跳ねてイリヤが飛びつく。左腕を独占、彼女は子猫の仕草でぶらんとそこにぶら下がった。
「そうよ、わたしたちがアーチャーのために選んだ服なんだから! 似合わないわけがないでしょう、少なくともいつもの服よりはうんと素敵よ?」
「…………」
「え? あれ? アーチャー?」
(馬鹿! あれはアーチャーの一張羅で秘かにお気に入りなのよ! だってのにそれを貶めるようなこと言ってどうするの!)
(え!? あれが!?)
黒の上下、所謂パジャマ。
お出かけにはそれ一択のアーチャーだったが、今の彼は違っていた。
カシミアのセーター、上着はチャコールグレイのコート。下は折り目も正しいスラックスで、まさに一張羅と言って、いい、姿だったのだ、けれど。
「ね、ねえアーチャー。あれもあなたに似合っていたけれど、やっぱりわたし、今の服が似合ってないだなんて思えないわ、」
だから自信を持って。
慌てるようにイリヤはそう言って、ぎゅっと左腕に抱きつく。そうして。
「それにね、視線を感じるのは変だからじゃなくてその服があなたにとっても似合ってるからよ! だから皆が皆、見ずにはいられないの。ねえ? そうでしょう、セイバー、サクラ、ライダー!」
そう問われて。
セイバーは碧玉の瞳も静かに一度頷き。
桜は何度も何度も頷き。
ライダーは軽く顎を引いて、頷いた。
「アーチャー、その服はとてもあなたに似合っている。卑下することなどありませんよ」
「はいっ、わたしもとても素敵だと思います! とってもとっても似合ってるって!」
「……わたしも、サクラと同意見です」
「ほら、皆言ってるじゃない! だから自信を持ちなさい、アーチャー!」
ばしん!と叩かれる大きな背中。そんじょそこらの刺激では揺るがなさそうなその背中は、凛の力任せの一撃で簡単によろめいた。
「り……凛、君のその……表現は、いささかしげ、きが、強すぎる……」
「あら、そ?」
けろっとした顔で凛は言って、同じくけろっと笑ってみせた。
「まあ、話もついたことだし。それじゃ行くわよ、アーチャー?」


デパートを下から上まで。
物を見る、というよりはアーチャーを見せびらかす、といった意味でもって彼女たちは一階一階を登りきり、8Fレストラン街で一休みと相成った。
セイバー、ライダーを抜かした女性陣はケーキやらパフェやらを頼んで(セイバーは和風ハンバーグ定食、ライダーはトマトジュース)、アーチャーはブラックコーヒーを頼んで歩き回ったせいで疲労した体を癒した。
「…………? どうしたのですか、アーチャー?」
どこかもじもじと落ち着かなさげなアーチャーに、大根おろしがたっぷりかかったハンバーグを大きめにひとくちほど頬張ってセイバーがたずねる。それにアーチャーは、「あ、ああ、」と返して。
「やはりその……この服では、心許ないというか……落ち着かなくて、だな……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
女性陣たちの無言の威圧。
それに小さくなりながら、アーチャーは褐色の肌を紅潮させる。
「と、いうか……その……恥ずかしく、て……」
トキューン!
「着、着替えてきては、その、いけない……だろう……か……?」
「駄目! そんなの絶対駄目よ、ねえリン!?」
「ええそうよ、絶対駄目なんだから! これはマスターとしての絶対命令よ、アーチャー!」
「そうですよっ、そんなに似合ってるのに着替えちゃうなんて駄目ですっ、絶対駄目っ!」
「駄目ですとも、誰が何と言おうとわたしが許しません! ええ、許しませんとも!」
「……サクラが駄目と言うのでしたら、わたしもそれに倣いましょう」
消え入りそうなアーチャーの声に、その恥らう様に心臓が貰い受けられた女性陣は欲望も露にアーチャーの懇願を打ち切った。
「……うう」
とうとう下を向いてしまったアーチャーに、びんびんと激しい視線が浴びせかけられていたのだった。


ああ、今日は充実した日でした、とセイバーが言えば、はいそうですね、と笑顔で桜が返し、ライダーが無言で同意する。
「また今度、新しい服を着てどこかへ出かけましょうね、アーチャー?」
「そうよ、絶対! 絶対なんだからね、アーチャー!」
「……恥ずかしいと……言っているのに……」
夕日のせいだけでなく、アーチャーの顔色は真っ赤だったという。



back.