「はっきり聞くわ。あなた、あの狗のどこがいいの」
キャスター。
若奥様こと葛木メディアはそうアーチャーに尋ねた。
アーチャーは少し考える様子を見せながら答える。
「ならば私も聞こう。君は君の伴侶のどこを愛している?」
「や、やだ、」
たちまちキャスターの顔がぼっと赤くなる。ぶんぶんと顕現させたルールブレイカーを振り回して照れを表現した。
「全部に決まっているじゃないの、そんなの! 宗一郎様は至上の男性よ、世の中の雄共とは訳が違うわ。お顔も体もその心も、すべてが素敵な方なのよ」
「そうか」
アーチャーは出された緑茶に口をつける。その前に軽く吹いて、ふう、と冷ましてから。
「私とてそうだよ。ランサーのすべてを好いている」
「ないわね」
「また、言い切ったな」
「だってそうじゃない。あの男は女の敵よ?」
「私は男だが」
「言葉のあやじゃない、聞き流しなさいな。それにあなた、ある意味女じゃなくて?」
受け入れる側でしょう、との言葉にアーチャーは緑茶を啜る動きを一瞬止める。こく、と喉を鳴らして、
「そうだが」
「……恥ずかしげもないのね。からかったってつまらないったらないわ」
「からかわれていたのか、私は?」
「五分五分といったところね」
キャスターも自らの前に置かれた緑茶に口をつける。こくり、と飲み込んだ。
「それで? あなたの男は優しくて? それとも激しくて?」
「…………」
和菓子に楊枝を入れていたアーチャーの動きが止まる。だが、すぐに再開して半分に割ると、またそれを半分に割って、
「時によって」
「あら。ただがつがつと求めるだけの獣じゃないのね」
「彼にも分別はあるさ。優しく求めてくれる時もある」
そういう時は安心する、とアーチャーはまた半分に切った和菓子を口にして問う。
「君の伴侶は?」
「!」
ぴこん!と跳ねるキャスターのエルフ耳。また振るわれるルールブレイカー。
それは危ういところを掠めて、アーチャーの髪を幾筋かさらっていった。
「やだ、もう、いやだ、もう、恥ずかしげもないのねあなた、もう、いやだ、」
ぶんぶんと振るわれる歪な短剣。問うたのはそちらが先であろうに、とアーチャーはやや呆れてキャスターが落ち着くのを待った。
所詮は魔術師、サーヴァントでは体力最弱クラス。スタミナはない。
「は、はあ、はあ、はあ、は、」
「……それで? どうなのか、と私は聞いている」
「……優しくもあり、激しくもあるわ」
というか、わたしの求めるがままにしてくれるのよ!
そうキャスターは叫んで、畳にこぶしを叩き付けた。何度も何度も何度も何度も。きゃあきゃあと少女のような歓声を上げて。
「そうか」
アーチャーは緑茶をひとくち、そしてつぶやく。
「私のところも大抵同じだ」
「え」
キャスターの狂乱がふと止まる。じっとり。湿った瞳で彼女はアーチャーを見つめ、言った。
「嘘ね」
「根拠は」
「あの狗が。あの獣が。下半身直結男が、他人の意見を聞くわけがないじゃないの。それも褥よ? 本領発揮の場所よ? あなたの意見なんて聞くわけがないわ」
どうせあの男のしたいままに犯されているのでしょう、と真顔で口にしたキャスターに、アーチャーは首をふるふると振って。
「あの男は。優しいよ」
「え」
……嘘、キャスターがつぶやく。
「嘘をつくとひどいわよ。その頭に猫耳と、下半身に尻尾を生やしてやるんだから。獣のように扱われて喘ぐといいわ」
「何がしたいんだね君は。……嘘などついていない。私がしたくない、と言えば彼は我慢もしてくれる」
「嘘ね」
「嘘ではない」
彼は、優しいから。アーチャーは言うと、思い出したように目を細めた。
それは、俗に言う笑顔だった。
キャスターは目を丸くする。
「彼は、優しい。私が前日に求められすぎて、体が痛いと言えばマッサージもしてくれる。痛くないかと尋ねて。悪かったと笑って。今度は我慢するから、と、守れない約束をして。そうやって、私の痛いところを慰めてくれる」
「……守れないんじゃないの」
「そういうところも、私は好きだよ」
「……ふん」
キャスターは鼻を鳴らすと、ばくんと和菓子をひとくちで片付けてしまった。
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