「あっ、アーチャー! あれは一体何ですか?」
新都。深山町よりは栄えたその土地で、アーチャーはセイバーと連れ立っていた。
昨日の昼頃、衛宮士郎と特売タイムセール巡りから戻ってきれば、玄関に胸を張って立つセイバーの姿があって。
『セイバー……?』
『アーチャー! 明日はわたしと“デート”をしましょう!』
『……は?』
数枚綴りになったチケットらしきものをびらり、と見せびらかすようにして、セイバーは。
『福引きで当たったのです。……まあ、当てたのは英雄王ですが。要らないということでわたしたちが貰い受けまして』
セイバーが語るには、アーチャーたちが帰ってくる少し前にギルガメッシュ(小)がやってきて「あのこれ、貰ってやってください。大人のボクのやったことについての迷惑料だと思って」――――と。
そんな殊勝なことを言って、新都での一日優待券を置いていったという。食事処・遊戯施設・休憩場所など全てを網羅するまさに黄金のチケット。新聞屋さんが配るわくわくざぶーんの招待券などとは格が違うのである、格が。
何しろこのチケットさえあれば新都で丸一日中遊べる。冬でも常夏なプール、ざぶーんも魅力的であるものの街を丸ごとカバー出来るこのチケットに比べれば、残念だが劣るのだった。
それをゲットしたのがセイバーさんというわけで。
『衛宮くんを誘うの? セイバー』
『そうですよね、定石通りに行くのならやっぱり……』
少しばかりの羨望を持ち、それでも笑って彼女を送り出そうとした遠坂姉妹は次のセイバーの台詞に目を丸くすることとなる。
『いえ、わたしはアーチャーを誘います』
ええええええ。
「こら、走るなセイバー。君は背丈が小さい。見失ったりしたら厄介なことに……」
「大丈夫です! だってあなたは標準以上に背が高いではないですか!」
ですから、目印となっていつでも見つけられる。
走りながら振り返って、ぱあっと笑うセイバーを見てアーチャーは一瞬だけ呆然としてから、やれやれとその場で足を止めた。何しろこの人混みだ、下手にアーチャーが分け入っていけばさらなる混雑を招いて面倒なことになる。
だからセイバーの言った通りに目印になろうと思って、その場に立っていることにした。
「……ん?」
すると人混みの中からざわざわと声がして、人の流れを逆行してくる人物がいて。
「アーチャー!」
「――――セイバー」
それはセイバーで、可愛らしく唇を尖らせている。アーチャーは疑問に思って聞いてみた。そんな顔をするのは一体何故なのかと。どうしたのかと。
「どうしたセイバー。もう用事は済んだのか?」
「済んでいません。……鈍感ですね、あなたは。こういう時はわたしの手を掴んで、黙って後をついてくる! それが“デート”というものでしょう?」
言うが早いかがっしりと、白くたおやかなセイバーの手が褐色のごつごつとしたアーチャーの手を握る。その力は強くて思わずアーチャーは面食らってしまった。セイバーのその行動にも、彼女の力強さにも。
「さっ、行きますよ。はぐれないようしっかりわたしの手を離さないで」
「セ、セイバー、それは間違ってはいないが……」
逆、なのではないだろうか?男女が反対なのではないだろうか?
けれど意気揚々と前を行くセイバーに、とてもではないがそんなことは言えずに、結局は引きずられていくアーチャーだった。
香ばしい肉の焼ける匂いが、人混みの中央から漂ってきた。


「ふむ、ふむ……」
丸焼き状態の肉から少量をこそげ取って、パン状のものに挟んだ料理(正式名称はアーチャーにもよくわからなかった)をパクつきながら、セイバーはこくこくはむはむしている。
桃色の唇を肉汁が汚して、こらこらとハンカチを渡してやれば味わうのに懸命といった様子でそれでも汚れを彼女はきちんと拭った。
「あ」
そんな彼女が目を丸くして自分の方を見るので、何かおかしいところがあっただろうかと内心で少し焦ったアーチャーの手を、いつの間にか料理を平らげていたセイバーの手が取って。
「肉汁がこぼれています。手が汚れて……ああ、もったいない」
「!」
そう言って、ピンク色の舌を出して彼女曰く肉汁がついたアーチャーの手をぺろり、と舐めた。当然アーチャーはびくりと動揺してしまい、手にした料理を取り落としそうになる。
地面接触スリー・ツー・ワン、カウントがゼロになる前にセイバーが素早く拾い上げて「はい、どうぞ」と勧めてくるのを「いいや……」と断り、アーチャーは一緒に注文した温かいチャイの入った紙コップに口を付けた。
「それは君が食べたまえ。幸いにしてまだ口をつけていない。汚くはないから、安心して食べるといいよ」
「何を言っているのです!」
そうすればずずいとセイバーが身を乗り出してきて、元々赤いベンチの端に座っていたアーチャーはその端から落ちそうになる。それを支えたのはアーチャーの両手を掴んだセイバーの力だった。
「……あ、いや。別に君の食い意地が張っているとか、そういうことを言っているのではないよ? ただ、料理もそう求められていない相手によりは、美味しく食べてくれる者に食べてほしいだろうなと」
「そういう問題ではないのですっ!」
ずい、ともっとセイバーが迫ってきた。アーチャーは重ねて動揺する。
「汚いなど! 一体誰がそんなことを言ったのです? わたしですか?」
「あ……いや、君はそんなことを言ってなどいないよ、私が勝手に、」
「そうです、あなたが勝手に思い込んで言ったのです! 汚いなどとんでもない! あなたは、あなたの手は綺麗だ、アーチャー」
ひっしと。
アーチャーの手を掴む手に力を込めて、セイバーはひたっとその碧色の瞳で見据えてくる。そんなものだからアーチャーは、「あ、う、」と、短い言葉を発するしか出来ない。
「それに、美味しかったですよ?」
真顔から一変、くすりと笑って言ってみせるセイバーにアーチャーは虚を突かれて。
「そ……それは、肉汁の味だろう!」
「ふふ、どうでしょう? 案外、あなた自身も……」
「セイバー……っ!」
顔を背けようと、だけど無理だ。手はしっかりと掴まれていて、心もがっしりと鷲掴みにされてしまっていたから。
彼女に。セイバーに。……アルトリア、に。
「シロウたちにお土産をたくさん買って帰りましょうね。……もちろん、わたしたちで充分楽しんでから」
「……もう、好きにしてくれ」



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