俺はその、大雑把なことしか出来ませんから。


そんなことを言うディルムッドを笑いながらキッチンまで呼び寄せて、下ろし立てのエプロンを与えてアーチャーは己も下ろし立てのエプロンを纏うと紐をきゅ、っと結んだ。
そうやって、戸惑うディルムッドのものも同じようにやってやる。
「大雑把なものでも、料理の心得はあるのだろう? だったら出来る。怖れることはないだろう、ディルムッド。一緒にやろう、君がいてくれると私も助かる」
何しろ今の面子と言えば、食べることばかりの欠食児童たちばかりなのでね。
士郎や桜、そして凛たちは学校で出かけてしまい昼間は帰らない。だからセイバーやランサーに食事を作ってやれるのはアーチャーしかいないのだけど、今日の面子はいささか腹の減りっぷりが凄まじかった。
だから、手助けが必要だったのだ。
「た、助かり、ますか」
俺なんかでいいんですか、とディルムッドが確認するように聞くから、アーチャーはうん、と頷いて。
「とても、助かるよ」
にこり、と彼に向かって笑いかけてみせた。
「――――ッ」
すると彼は美貌をかあ、と赤く染めて「あの、」だの「はい、」だのと切れ切れに言葉を漏らして突然幸福がふってわいた子供のように慌ててみせた。
「あの、俺、嬉しい……です」
「? 私も嬉しいよ、君がやる気になってくれて」
そういうことじゃないんです、とディルムッドは言いかけて何故だか止めた。クエスチョンマークをアーチャーは浮かべたが、追及するのも野暮というもの。
「さて、やってしまおう。今日の昼食はパスタにしようと思うんだ、量が稼げてしかも簡単だからな。君には材料を切ってもらうぞ」
言って冷蔵庫の野菜室の前に屈んだアーチャーの視線が、一瞬ディルムッドから離れる。
その時、彼が安心したように「――――」はあ、と息を継いだように聞こえたのは、たぶん気のせいなのだろう。


とん、とん、とん、とん。
今日のメニューはトマトソースをベースにした茄子とベーコンのパスタ。 熟れたトマトをディルムッドはいまいち慣れないような現代の包丁を握りながら寸断し、アーチャーは缶詰のトマトを開けて鍋に流すと味付けを始める。
トマト感がたっぷりのそれは以前にアーチャーがひとりで作ってとても好評だったもので、ならば、と今回もお目見えとなったものだ。
「ああ、少しくらいなら潰れても大丈夫だぞ。どうせ炒めてしまうんだ、それに彼らならば見た目など大して気にもしない」
「でも」
「大丈夫」
じゃこっ、と一度大きく鍋の底をへらで抉ってから、アーチャーはコンロの火を弱めてディルムッドの方へと歩み寄る。
「?」
不思議そうな顔をするその肩を、アーチャーは軽く叩いた。
「!」
途端びくりと強張るディルムッドの肩を再度ぽんぽん、と何度か叩いて、アーチャーは静かに言う。
「そんなに力を入れなくとも大丈夫だ。リラックスしてやればいい」
「――――ッ、…………はい、」
声の調子が何だかおかしい。
それをちょっと怪訝に思いながら、それでもアーチャーは笑って自分の持ち場へと戻りかけた。
そのシャツの裾を。
「…………?」
「あの、俺、」
引く者がいた。それはここにいるふたりのうちのアーチャーを除いたひとり、つまりディルムッドしかいない。
「あの、俺、ちゃんとお手伝い、出来てますか」
あなたの。
ために、なれてますか。
やけに必死な様子でディルムッドがそう言うので、アーチャーは少し首を傾げて。
「当然だろう?」
「……――――!」
「君がいてくれてとても助かるよ。いや、助かっているよ。私だけではね、あの大喰らいたちの腹を満たすのは相当苦労するんだ。調理をするのは嫌いではないけれど……それでも、苦労はするからな」
「アーチャーさん!」
手を。
掴まれて、アーチャーはぱしぱしと瞠目する。
その目の前には真っ赤になったディルムッドがいた。まるでトマトのように真っ赤になったディルムッドが。
つん、と指先でつつけば破裂してしまいそうに熟れて熟れて熟れきったトマトのように、顔色を真っ赤にしたディルムッドが。
「俺、頑張ります。頑張りますから!」
あなたのために、と。
ディルムッドが言うから。
「……うん」
その賢明さを受け止めて、しっかりと飲み込むとアーチャーは傾げたままの首を戻した。
「君のその気持ちが嬉しいよ」


気付けば鍋からは音がひっきりなしに響いていて、居間の方からは今か今かと待ち侘びる気配。
アーチャーは掴まれた手を緩くほどいて、「さぁ、」とディルムッドを促す。
「早く片付けてしまおう。そうしないと彼らにどんな目に遭わせられるかわからんぞ?」
ディルムッドはその言葉を聞くと、張り切ったように瞳を輝かせ、言った。
「はい!」



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