「愉悦なう」
「このクソ神父ツイッターしてやがる! 似合わねえ!」
アンリはみ出しかけ状態で士郎が言って、隣のアーチャーから蹴りを食らった。刺激するなと。
切嗣は慣れたものといった様子ではあるが、ちょっとトラウマを与えられている。トラトラウマウマ。とらうまうま。
そんな謎のフレーズが頭の中を過ぎり、謎の小人がダンスを踊る。いわゆる「わけがわかりません!こうですか!?」状態だ。
ちなみに彼らの周りには結界。魔の者が触れるとこう、バシュっと行く。黄泉返りである切嗣。サーヴァントであるアーチャー。アンリ憑きである士郎。
その三人はその条件に該当した。だから触れるとバシュっと行かされてしまう。涅槃辺りへ。
だから三人は結界内から出られない。あとついでに魔力の行使も出来ない。そんな都合のいい結界である。
だから三人は神父を攻撃も出来ない。だから三人はどうあっても結界内から出ることが出来ないのだ。
「ふふ……籠の中の鳥が三羽、か。果たしてどんな声で鳴いてくれるのかな? 愉しみだよ、とてもな」
「うわ……マジ気持ち悪りい……」
「衛宮士郎、はみ出しかけているものを仕舞え。ここではそれが命取りとなるぞ」
いざとなればその悪魔を祓ったおまえが頼りとなるのだからな、と、本気で嫌そうにアーチャーが言って、士郎も、いや、アンリも本気で嫌そうな顔をする。
「ヤだ、オレそういうの嫌い。労働とか団結とかそういうの嫌いだからマジで」
「……神父! この悪魔を祓え、でなければ持っていけ! そして私と切嗣を解放しろ!」
「士郎!? アーチャー!? この神父は幻だよね!? 幻なんだよね!? だってこいつは僕が殺したはずだから! あの時に僕の手で……僕の手で僕の手で僕の手で僕の手で」
「まずい……切嗣の精神が既に限界だ……そして神父がそれを見て愉悦っている……このままでは私たちは……」
「ふふ、アーチャー。この中ではおまえが一番タフだな。心は硝子などと自称しているくせに。いや自傷か?」
「ダジャレ……!」
戦慄するアーチャー。お花畑を見ている切嗣に、アンリ7割程の士郎。そんな二人が羨ましい。自分も逃避したい。この現実からフライアウェイしたい。けれどそれをやったらまともな人間は誰もいなくなる。いや元死人と悪魔憑き、サーヴァントの三人の時点でもはやまともな人間など一人もいないという説もあるが。
とりあえずアーチャーはアハハウフフ状態な切嗣の肩を掴んでがくがく揺さぶっていた。こんなヤワな刺激で元に戻ってくれるとも思えなかったけれど。
「切嗣……切嗣! しっかりしてくれ、君は一番の年長だろう!? そんな君がこんなことでは……」
「ふふ……僕はいつまでも少年の心を持ってるんだよアーチャー……だから夢の国にも行けるのさ……」
「……間に合わなかったか」
がく、とアーチャーの首が折れる。負けた。勝負に負けた。とすれば、後は衛宮士郎だ。アンリ憑きの、悪魔憑きの衛宮士郎。
触るのも嫌だが、と思って項垂れたまま向き直ろうとすれば。
「…………」
「…………」
「……何をしている」
「……いや、このまま死ぬのもヤだからさ」
男の本懐、遂げとこうかなって?
思ってさー、と士郎がもうほとんどアンリ状態でアーチャーに襲い掛かろうとした体勢のままで言う。アーチャーは無言でその顔面にパンチを食らわせた。後のことなど考えていなかった。
どさりと無残な音を立ててアンリ士郎が狭い結界内で器用に崩れ落ちる。はあ、はあ、はあ、貞操の危機を脱したアーチャーは無意識に、胸の辺りをかき合わせながら荒く息をつく。
「危なかった……」
「ふ……ふふふ、ふ。おまえたちを見ているのは本当に愉しいな、愉しいな、愉しいな、愉しいな、」
「まずい神父も何だか壊れてきているぞ!?」
貴様大丈夫か!?と思わず敵の心配までしてしまいそうになったアーチャーに、能面のまま笑うという器用な真似をして神父が手を広げる。
じゃじゃじゃじゃじゃーん、じゃじゃじゃじゃーん、と誰も演奏してないのにパイプオルガンの音階がBGMに流れた。
「ああ愉しいなあ! 本当に人生というのは愉しいなあ、愉悦だなあ! なあアーチャー!?」
「うわ怖い! やめてくれ本当に怖い! 切嗣助け……無理か、衛宮士郎……は私が沈めたんだったー!」
混乱の極みに至り始めたアーチャーに、ますます愉しそうに神父が笑う。はははははは、と何かに追い立てられるような、それは笑い方だった。
「愉しいなあ! 本当に人生というのは愉悦だなあ! 愉悦極まりないぞ! ははははは!」
「怖い! 怖い怖い怖い怖い怖い! ああもうどうして私はこんな状況なのに独りで狂えないんだ!?」
絶叫したアーチャーの耳に、ガターン、と。
何かを蹴倒す音が飛び込んできて、はっと抱えた頭を上げる。すると何故だか逆光の中に人影がひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。
「シロウ、アーチャー、……切嗣! 最後は不本意ですが、助けに来ましたよ!」
「はぁい綺礼。わたしのアーチャーに手出しするなんていい度胸じゃない。……死ぬ準備は出来てる?」
「ふふ。神父さん、先輩を捕まえたのはちょっとやりすぎですね。それにアーチャーさんとお父さまの前だからわたし、張り切っちゃいますよ?」
「サクラの全てがわたしの全てです」
「キレイ。シロウとアーチャーとキリツグで楽しく遊んでるんですって? うんうんよきかなよきかな、……殺すわ」
セイバー。
遠坂凛。
間桐桜。
ライダー。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
女性陣五人衆が背後からの光に照らされて、荘厳なオルガンのBGMと共に登場した。それはまるでヒーローの登場シーン。
ヒロインなのに。メインヒロインとサブヒロイン(予定)たちなのに。ヒーローだった。彼女たちはまるっきりヒーローだった。
「ハハハ夢の国は楽しいな……って、イリヤ? どうしてここに?」
「ゲ、恐怖の女幹部五人衆」
「セイバー……凛……桜にライダー、それにイリヤスフィール……」
「華麗に」「優雅に」「大胆に」「魅惑に」「尊大に」


「殺し尽くしてあげる」
声をそろえて、彼女たちが言って。
そして、見るも恐ろしい狂宴が始まったのだった――――。



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