「おかしいっ! 何かがっ、いや全部おかしいっ! 間違っている! 全般的に間違っているっ!」
「いいのよアーチャー! いいの! 何も心配しなくていいの!」
「そうですよっアーチャーさん! ぶるぶると震えてゴーゴーですっ!」
「きゃー! アーチャー……いえ、わたしのシロウ! かわいいーっ!」
真っ赤になって短すぎるスカートの裾を押さえるアーチャーさん(男)に女性陣たちから黄色い悲鳴が飛ぶ。それとぱしゃぱしゃぱしゃ、というフラッシュ音も。
「あっやめろ! 撮るなっ! こんな私の姿を後世に残すなっ!」
「なに言ってるの!? 未来に是非残すべき財産じゃない! ねえ桜!?」
「はいっ! あっアーチャーさん目線くださーいっ! こっちですこっちー!」
「シロウかわいいっ! シロウかわいいっ!」
「ただいま帰りまし――――た?」
ぼたん。
居間に入ってきたセイバーは手に持っていたビニール袋を落とした。続く士郎はその背後で固まっている。ランサーも同じくだ。
たぶん特売の卵はぐしゃりと割れた。そして中味がどろりと漏れ出た。おひとりさま二パックまでの夢は儚く費えたのだ――――。
闖入者三人のおかげで、女性陣の歓声とフラッシュ攻撃は一時止んでいる。けれどアーチャーはそれまで以上に真っ赤になってしまって、両手に干将莫耶を再現しようとした。
魔力を練り上げて一気に熱の任せるまま手から放つように――――!
「駄目――――っ!!」
「!?」
だが、ぷすん、と音を立ててその魔力は霧散する。
「り、凛!?」
「駄目よ駄目駄目、魔法少女がそんな物騒なもの持って戦おうとしちゃ! 魔法少女はやっぱこれでしょ!」
と、凛さんがトングで汚物を摘むようにして差し出してきたのは。
『ひどいですーっ凛さん! わたし素手で触れないほど汚れちゃってますか!? やっぱりわたし汚れキャラなんですかっ!? しくしくしく、わたし何にも悪いことしてないのに』
「ステッキが泣いてる」
「あと時空が違う気がする」
「そんなの気にしない!」
士郎とランサーの突っ込みにもめげず、凛はそのままトングで掴んだステッキをアーチャーさん(男)に向けて差し出した。思わずアーチャーさん(男)はそのステッキを握り締めてしまう。
「凛っ、私にこんなもの持たされても――――って、ああ……っ……!?」
悩ましい声に士郎とランサーがごくりと生唾を呑んだのも束の間、どくん、とアーチャーさん(男)とステッキが共鳴して脈動する。
『何っ何何何、何なんですかこの人!? 男の人なのにすごい乙女パワーですよ!? 凛さんわたし、この人となら……っ!』
「ちょっと待て! “この人となら”何なんだっ!? すごく嫌な予感しかしないぞっ!?」
『あららー嫌ですよー、そんなに怯えないでください☆ちょーっとチクッとするだけですから☆……魔法少女化する時に』
「やっぱりかーっ!」
というか男の身でコスプレさせられるだけでは飽き足らず、完全に魔法少女化させられるというのか!?と絶叫してアーチャーはステッキを手放そうとしたが、それは手から離れなくてぴったりと吸い付くようにフィットちゃんした。
『それじゃ行きますよーっ! ハートの鼓動を合わせてくださいねーっ!』
「ああっ嫌だっ! 謎の力によって逆らえない自分が嫌だ……ってああっ! 見ないでくれ……見ないでくれ……っ!」
「さっきから必要以上にアーチャーが悩ましい」
「うんそれは俺も同意見」
「馬鹿者ーっ!!」
このたわけがーっ!と叫んだが最後、アーチャーさん(男)の体がぴかりと眩しい光に包まれる。うおっまぶしっ。発光した向こうに見えるのはむやみやたらに想像力をかき立てられるシルエット、大柄なそれはだんだんと縮んでみるみるうちに小さくなっていく。そして頑強だったものが丸みを帯びて、だんだんとフォームチェンジしていって……。
『変身☆完っ、了!』
しゃきーん!
そんな効果音と共に煙が晴れ、そこにいたのは。
「あら……っ」
「まあ……!」
「きゃっ!」
「おお……」
「…………っ」
「アーチャー!」
セイバーが最後に叫び、うずくまるアーチャーに駆け寄る。
そして体にジャストミートするデザインの魔法少女アーチャーちゃん(女)の肩に触れて、甘く切ない声で口説き始めた。
「アーチャー……ああなんてあなたは愛らしいのでしょう……許されるのならば今ここであなたの全てを奪ってしまいたい。ですが! ですがわたしの騎士道がそれを邪魔するのですっ! なんて憎い……我がことながらなんてことでしょう……」
「いや、セイバー、そういうのいいから」
「何故っ!?」
何故っ!?じゃないという。
一種の悟りを開いてしまったようなアーチャーちゃん(女)は真顔でそう言うと、打って変わって、きっ!と鋭い目でステッキを睨み付ける。
『やだー何ですかその視線、怖いですようアーチャーさん』
「君のせいだろう……戻せ! 今すぐ私の体を元に戻せ!」
『そうすると自動的に男性の体でそのコスチュームで魔法少女として戦うことになりますが』
それでもいいんですか?
アーチャーちゃん(女)はどこにあるのか判然としないステッキの首を締め上げながらその宣告を聞いた。
そして思い返す。先程の悲劇を。
やーん。(男のマッチョな体に纏われたピッチピチの魔法少女スーツ)
そっ……とアーチャーちゃん(女)はステッキの首から手を引いて。
「……もうこれで魔法少女を続けていくのもいいかなって……」
諦めの境地に入ってしまった、アーチャーちゃん(女)でした。



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