「あら」
廊下をアーチャーがすたすたとひとりで歩いていると、ふと聞き覚えのある声が彼を呼び止めた。
「アーチャーじゃないの。どうしたの? あの未熟者のあなたのマスターは」
「……遠坂凛」
わざとらしくフルネームで彼女の名前を呼んで、アーチャーは言う。
「君こそひとりではないかね? ちなみに彼は保健室に行っているよ。間桐桜に支給品をもらうためにと」
「ああ、それを追いかけているのね。なるほど、そちらからこちらは保健室方面だもの」
それにしても、凛は言う。
「あなた、わたしがひとりだって言うけど。もちろんひとりな訳ないじゃない。……ランサー!」
『へいへいっ、と』
そう声がして、すうっと青い影が姿を現した。近未来に相応しいボディスーツに少しばかり短めのくくられた髪。ランサーの、サーヴァント。
「嬢ちゃんが厳しくてね。いつもオレの首に首輪を付けたみてえにして離してくれねえんだわ。オレとしてはよ? おまえのところにすぐさまにでも飛んでいきてえところなんだが」
「ランサー」
ずん、と。
低められた少女の声が、ランサーの名を呼んだ。
ガンドもしくは蹴りが飛ばなかったのが奇跡的である。校内での戦闘は禁止だからだろうか。それにしたってマスターとサーヴァントが喧嘩で戦闘(しかも一方的にボッコボコ)だなんておかしな話だ。
「わかってますわかってますって、イエスマスター? あなたをいつでもどこでもお守りいたします。何てったって校内は危険がいっぱいだ。そこかしこにマスターがいやがる。アリーナとはまた違う意味で危険がいっぱいだからな」
「そうなのよ。あなたわかってて、さっきはどうしてあの発言なの?」
「恋する男は時に制御を失うんだわ」
「……馬鹿じゃないの」
「……そろそろ行ってもいいかね?」
「あら。つれないわね、もっと話していきましょうよ」
くるっ。
黒髪がなびいて、背後のランサーと話していた凛がアーチャーへと振り返る。何故。アーチャーは言ったが凛はおかまいなしだ。
「だってわたし、あなたのこと嫌いじゃないもの」
にこにこと笑うその頭に角、スカートの下から尻尾が生えている。あかいあくまはこの時代でも健在である。
嫌いじゃないからって。敵同士なのに。
「私はマスターが心配なのだが」
「なら、うちのランサーみたいに常日頃から付き従ってるべきじゃないかしら? どうして単独行動なんてさせてるのよ」
「そ、れは」
「それは?」
「昨夜のアリーナ探索の疲れが溜まってついつい長く寝てしまい……起きたら黒板に後書きがあって、“よく寝ていたから、起こさなかった。保健室に行ってるだけなので安心してくれ”と……」
「…………」
「…………」
で。
「で、慌てて追いかけてるって訳ね」
「…………」
無言は肯定だった。くっと唇を噛んで恥ずかしさに耐えているアーチャーを見て、凛&ランサー主従は思った。
萌えー。
「保健室だけに留まるはずがないんだ。あのマスターは思いつけば何でも行動に移してしまう。きっと早く追いつかなければ購買や図書室などのありとあらゆるところに行ってしまうだろう。パスが繋がっているから大体の居場所はわかるが、それでも追いかけるのには苦労するんだ」
「それはまた……」
「迷惑なマスターだなあ」
「私のマスターのことを悪く言うな」
「え、なに、おまえらってそういう仲なの」
オレを差し置いてどういうことなの、とランサーが言って、凛がずいっとそれを押しのける。そして言う。
「そうよ。このわたしを差し置いてどういうことなの」
「……今の君のサーヴァントはランサーだろう」
「それはそれ、これはこれよ」
「君は遠坂凛であって遠坂凛ではないし……」
「それもそれ、これもこれ!」
びしっ、とアーチャーの顔に指先を突きつけて、凛。
「わたしはランサーのことを“わたしのランサー”と呼ぶ気はないわ。アーユーオーライ?」
「いや、意味がわからない」
わからなかった。かといって「わたしのアーチャー」などと呼ばれても意味がわからない。アーチャーには他に大事なマスターがいるのだから。
たとえ放浪癖があろうとも……目の中に入れても痛くないほど可愛い、たとえちょっとスキンシップが激しくても可愛い、最近はしっかりしてきたけれどやはり未熟者のマスターが……。
「だだもれね」
「だだもれだ」
「口に出してた!?」
凛&ランサー主従がそろって頷く。
うん。
思わず顔を覆って恥らうアーチャーにまたそろってふたりは思う。
萌えー。
「もうこれは絶対に追いかけさせられないわね……」
「なんかずっと見ていてえもんな……」
赤&青コンビの企みが、今ここに成立した瞬間であった。
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