窓には緑が茂る。
庭は大きく開けていて解放感があった。
「マスター。紅茶はいかがかな?」
そんな屋敷の一室で、振り返って言ったアーチャーの視線の先にいた男――――遠坂時臣――――はめくっていた魔道書を読む手を止め、ああ、と声を発した。
「そうだな。そろそろ一休みしてもいい頃だ。……いただこう、アーチャー」
差し伸べられた時臣の手は、魔術師の手だった。
かつては親であったが、今は毅然としたひとりの魔術師の手だった。


彼の妻である葵が娘である凛と共に避難した後、彼の世話をするのはアーチャーの役目だった。てきぱきとサーヴァントである彼はまるで家政婦のように時臣の世話を焼き、その完璧さを見せ付けた。
掃除、洗濯、炊事。
時臣のスーツにもアイロンをかけて、ネクタイもきっちりと折り目正しく。
そういった機械であるかのようにアーチャーは時臣の世話をこなしていった。何の落ち度もなく、まさに完璧に。
「菓子はどうかな。焼いてみたのだが」
脳を使う作業の後には甘い菓子をすすめる。だがしかし、決して時臣の舌を侵すレベルの甘みにはならないようにと気をつけて。
「君の作る甘いものは実に私の好みに合っているよ、さすがだなアーチャー。さりげなくブランデーを効かせたところもまた憎い」
体へのリラックス効果もあるようにと洋酒をきかせる。
“あれ”はどこに?“これ”はどこへ?
だなんてレベルの質問にもさらりと答えて望みのものを持ち出し、時臣へと与えるレベル。
ツーカーでは足りない。阿吽ですら温い。
アーチャーがそうなるように気を利かせているのだが。
それを表に出さないのだから、また心憎い演出である。
「ふむ。この紅茶はダージリンかな。実に優雅な味わいだ」
一度きりの好みではなく。
“そのとき”の時臣の好みを見計らって、アーチャーは紅茶を差し出す。
茶葉や湯の温度まで変えて。
そこまでのレベルで、アーチャーは紅茶を提供するのだ。
「そういえばアーチャー。例の件だが……」
「ああ。済んでいるともマスター。資料としてまとめておいてある」
「君は本当に有能なサーヴァントだ。……戦闘面では、綺礼のアサシンを手駒にしておいているからまだ活躍を見れていないが、早くそちらの方も見せてほしいものだな」
言峰綺礼。時臣の愛弟子。
彼が呼んだサーヴァントはアサシン、数々の貌を持つハサンが真名だ。
彼らは主に他のマスターやサーヴァントの情報を集めたり、使い魔を威圧して追い返したりしている。
だからアーチャーはここ、遠坂邸から出たことはない。
時臣の言葉通り戦闘面ではまだ、活躍を見せていないのだ。
「どうだろう。私はこのようなことばかりで役に立って、肝心な戦闘面では役に立たないかもしれないぞ?」
「そんなことがあるものか。君は私が呼び出したサーヴァントだ、アーチャー。それならばどんな面でも有能でないはずがない。完璧でないはずがないのだよ、アーチャー」
「あまり、私に期待しない方がいいぞ。マスター」
くす、と笑みをこぼしてアーチャーは空になったカップを目視した。
「紅茶のお代わりはいかがかね?」


澄み切った窓から外を見る。ここにひとり“付けてある”アサシンと目が合って、アーチャーはふいとそれを逸らした。
アーチャーは一度“これより先の”聖杯戦争に呼ばれた者だ。
それだから、この先の結末を知っているし。
……時臣の迎える結末も。
当然のように、知ってはいるのだ。
それはとても滑稽なもの。
それはとても無残なもの。
それはとても哀れなもの。
この第四次聖杯戦争では皆が皆道化だ。
皆が皆くるくるとあの聖杯に、泥に、踊らされる。
そうして目も当てられない結末を迎えるのだ。
それでも。
それでも、時臣の娘の凛がアーチャーを再び召還してくれるから。
そうして、くだらない争いにかつての“■■■■”が結末を付けてくれるから。
それまでは。
アーチャーも道化でいよう、と思うのだ。
道化に徹しよう、と思うのだ。
「アーチャー?」
時臣の呼ぶ声がする。
アーチャーは振り返ると口元を吊り上げて笑みを浮かべた。
目元も緩めて笑顔を形作る。
さあ、答えよう。
道化は道化らしく。


「イエス、マスター?」



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