「茶を持ってきたよ」
「ありがとう」
ちちちち、ちゅん。
庭先で、小鳥が鳴く。
それに心地よさげに耳を傾け、男は――――衛宮切嗣は少女らしき年齢の者から湯呑みを受け取った。
湯呑みを差し出したのは一種奇怪な姿。まだ若いというのに白髪、日本語は饒舌であるのに肌は褐色。だというのに割烹着を着て、ゆったりとした朱色の着物姿だった。
「……温度は?」
「うん、僕好みだよ。というか、アーチャーの煎れたお茶が僕好みじゃなかった時があったかな」
なかっただろ?と切嗣は微笑む。アーチャーと呼ばれた少女はその微笑みに、わずかに頬を赤く染めた。そして庭先にさりげなく視線を飛ばす。
「――――庭の花がよく咲いているな。たった最近まで寒かったと思っていたのに」
「季節の移り変わりなんてすぐさ。きっと君もわかるようになる。この僕の傍でずっと過ごすんだから」
「……切嗣」
「ん?」
微笑んだまま首を傾げた切嗣に、アーチャーは赤くなった顔のままで。
「君は、その。何というか、気障な台詞が多いような気がするが、私の気のせいかな」
「気のせいだよ」
「言い切ったな……」
びっくりするくらい言い切ったな、と目を丸くしてつぶやくアーチャーに切嗣はなおも微笑んだまま。
「だって仕方ないじゃないか。本当のことなんだから」
というか気のせい気のせい。
ははは、と顔の前で手を振ってみせる切嗣は本当にさらっとしていて、全くもって気のせいだと思っているのがありありと見て取れた。もしくはアーチャーを、言い含めようとしているか。
だからアーチャーは可愛らしい眉間に皺を刻んで、夫である彼に抗議する。
「切嗣、君。私をどうこうしようとしていないか?」
「どうこうっていうのは?」
「だから。悪いようにしようと……」
「アーチャーは、さ」
ふと。
切嗣の浮かべる微笑みが変調して、ぱしんとアーチャーのか細い褐色の手首を取ってみせる。
「!」
「アーチャーは、僕に悪いことされたいの?」
「…………っ」
どきん。
アーチャーの胸は当たり前に騒いで、慌てたように切嗣の手を振り払って彼から距離を取る。ふ、切嗣は吐息だけで笑みをこぼした。
「……切嗣」
「ね。答えてよ」
「されたい、わけが」
「ちゃんと答えてくれないと聞こえないよ?」
「――――んな、こと……っ」
「ふふっ」
そこで。
切嗣が違う種類の笑みを漏らして、一気に場の空気が変わった。
「ははは。は、ははは! アーチャーってば可愛いなあ! いつもこうやって僕に騙されちゃうんだから!」
「…………切嗣」
「ほらほら、怒らない怒らない」
可愛い顔が台無しだよ、と切嗣はやはり気障なことを言って、アーチャーの怒りを霧散させてしまう。怒りたいのに怒れないアーチャーは一種の欲求不満状態になって、その赤い唇を尖らせた。
「君はいつもそうだ。……全く」
「ははは、ごめんごめん」
ごめんって、と両手を合わせて頭を下げてみせるがそんな様では誠意など見られない。それはアーチャーもそう感じたらしくじっとりとした視線でもって切嗣のことを苛んでいる。
けれどやがて「……ふう」と諦めたようにため息をついて、切嗣の隣に膝をついた。
「ん? 僕に近付いてもいいの?」
「そんな風に脅したってもう惑わされたりなどせんからな。私は平静を保つことに決めたんだ」
つんと上げた顎を見せ付けるようにして、アーチャー。切嗣は着物の胸元から煙草の箱を取り出して、アーチャーに取り上げられていた。
「あ……」
「禁煙中。全く、どこに隠し持っているのやら」
「戦争中は武器をいろんなところに隠し持っていたからねえ」
煙草の箱くらいお手の物なのさ。その言葉にアーチャーがぴくり、と反応する。
「……戦争」
「ああ、」
切嗣は「しまった」という顔をして。
「アイリのことは、愛していたし愛しているけどね。それでもアーチャー、今の僕の妻は君だ」
「――――受け取り方を少し間違えると、君が最低な人間みたいに思えてくるな」
「うん、そうだね」
僕はきっと最低な人間だ。
笑って言う切嗣に、きゅうっとアーチャーは眉を寄せる。
そして「そんなことない」とやや早口にそう言って自分よりもっと大きな夫の手に己の手を重ねるのだった。



back.