柳洞寺、山門。
キャスターに用があるという凛に付き添いやってきたアーチャーは、彼女があまり得意ではないので奥へと入るのを拒み、階段に腰掛けていた。
「久々であるな、弓兵」
すると響く声。
頭上からのそれに顔を上げれば、雅な美形がそこにあった。
「アサシン」
「どうした? このようなところに腰掛けて。中に入ればいいではないか、己のマスターに付いて来たのであろう?」
「いや、な。君のマスターが私は少々苦手であるので」
その声に美形、アサシンはきょとんと目を丸くすると、
「はは! そうかそうか、我がマスターが怖いか。そうだな、あの女狐は私もさすがに恐ろしい。気分次第であばら骨を抉じ開けられるのではたまらんのでな」
「あばら骨?」
「いやいやこちらの事情よ。そういえばそちらのマスターも女子であったな。どうだ? 恐ろしいと、そう思うか?」
「いや、凛は――――」
言いかけたアーチャーの口が丸く形どる。不思議そうに首をかしげたアサシンに、アーチャーはかすかに笑って。
「そうだな。たまに恐ろしい、とそう思う時があるよ。私が直接被害を受けるわけではないが、過去の自分が甚振られて怯えているのを見るたびにね、思うんだ。ああ、私はあやつでなくてよかった、と」
ふむん、とアサシンは首をかしげたまま複雑なのだなと告げる。こくん、と素直にアーチャーは頷いた。
「けれどそうやって恐ろしい一方で、彼女は可愛らしい。事あるごとに戸惑いを覚えて焦ってみせる様など笑いを感じる時があるよ。そういう時はこっそり笑う。あからさまに笑えばさすがに仕置きを受けるのでね。物陰などに隠れて、こそりと」
「なるほどなるほど」
あっはっはっ、とアサシンが笑い出す。身を折って、くの字にして。
「いやいやしかし、それで言うのなら我がマスターもなかなか愛らしいところがあるぞ。宗一郎殿、彼に対してはまるで生娘だ。私はここから動けぬ身だからな。見れる機会はなかなかないが、慌てて顔を真っ赤にし、口ごもってみせる様など、いやはやなかなか」
「よく見ているのだな」
「娯楽が無い身故な。少しでも機会があれば目を留める」
そこでアーチャーとアサシンは声をそろえて、
「私たちは互いのマスターを恐ろしいと思いながら、愛らしいと思っている」
しん、と山の音。ぎゃあぎゃあと鳥が鳴いて空を横切っていった。
「……く」
アーチャーが喉を鳴らす。くつくつと笑い出すのに、アサシンもつられて笑い出した。
「厄介だなぁ、女というのは」
「だからまた、見せる違った顔が愛らしいのだよ」
「うちの女狐はなかなかそのような顔を見せはしないがな」
「うちのマスター様もだ。冬木の管理者としてしゃんと立っている。だからなかなか見えはしないんだ。けれど、彼女の血筋がそれを許さない」
くく、と野鳩のようにアーチャーは笑う。
「肝心なところでうっかりしてしまう、というのが彼女の血筋にかけられた呪いでね。そんな時、彼女はひどく慌てる。そこが、私はとても好ましいと思う」
それはアーチャーの本心だった。いつもすっくと前を向いている彼女。それが、ほんのちょっとのミスで崩れる。慌てる。アーチャー!慌てた甲高い声で、アーチャーを呼ぶ。
そして助けを求めて、問題が片付いた時にはありがとう、と。
「私のマスターはそんなことはないな。せいぜい“見ていたの?”とねめつけて、首を左右に振れば“そう”とほっとした様を見せるくらいだ」
それがまた面白いのだがな。
そう言ってアサシンは笑った。
「見ていたのなどばればれであろうに。なのに言葉だけで安堵する。上っ面だけを聞いてそう、と安堵してみせる。ほら、やはり生娘のようだ。恋に恋する生娘だ。あのような朴訥な男のどこがいいのか。わからぬが、きっと出会いがしらに心の臓を鷲掴みにされたのであろうよ」
だから逃げられないのだ。
アサシンは笑う。
「だから、宗一郎殿からあの女狐は逃げられない」
いや、逃げようとも思わぬのだろうとアサシンは続けた。
「捕らえられた野の獣だ。あの女狐は男たちを獣だと罵りながら自分自身がか弱い野の獣だと知らないでいる。私はそれがおかしくてたまらない」
「……幾分君はサディスティックなところがあるな」
「さでぃ?」
「いや、何でも」
怪訝そうな顔をしたアサシンに、アーチャーは手を振る。
侍にサディスティックなどと、似合わぬ形容をした。
「それにしても凛は遅いな。トラブルなど起こしてなければいいが」
「随分と過保護であるな、弓兵」
「それはもう。彼女の起こすトラブルの後始末は全て私に降りかかってくる」
「なるほど、保身か」
「ああ」
くく、とまたアーチャーは笑った。
「それにしても、とらぶる……とは?」
「ええと……厄介事、という意味だよ」
「成程」
アサシンは頷き、心得たという顔になる。
「女というのは」
「厄介だ」
男たちは笑う。
寺で女たちがどんな話をしているかも知らずに。
わたしのアーチャーは。うちの門番は。
そうやって、彼女たちとて男たちを笑ってきゃらきゃらと噂話をしているのに。
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