もう終わりだ。
私は彼に恋をした。
もう駄目だ。もうこれで私の道はなくなった。
前に進む道も、後に戻る道も。
だから終わりにしよう。本当の終わりにしよう。
自分で自分の命を絶って。そうやってこの想いごと私はこのまま消えてしまおう。


さてどうしようかと独り思う。どうやったらこの身は死ねるだろう。
簡単なのは魔力供給を遮断してもらうことだけれど。駄目だ。そんな楽な死に方じゃ。それに、凛に負担をかけてしまう。
そうだ。自分でやらなければいけないのだ。自殺。自ら死ぬ。そうでなければいけない。誰にも迷惑をかけてはいけない。
だってそうだろう?彼に恋をしてしまったというだけで最早万死に値するほどの罪を私は背負ったのに。それなのに、この上で重ねてさらに誰かに迷惑をかけるだなんてそんなこと出来やしない。
自分で、死なないと。
自分で、消えないと。
大丈夫、怖くない。痛いのにも悲しいのにも辛いのにも慣れているから。
ただ、怖いのにはいつまで経っても慣れない。だから、今もこうして私は怯えている。
この想いが、いつ彼にばれるか怖くて仕方ないのだ。


衛宮邸、浴室。
タオルを黙々と棚に詰めながら、洗面台をちらりと見た。……あった。剃刀。
人間ならばこれで頚動脈辺りをすっぱりと行けば確実なのだが。ただしここでそんなことをする訳にはいかないし(死ねたとしても間違いなく誰かに痕跡が見つかる)、サーヴァントの身で剃刀くらいで死ねるとも思えない。
ああ、そうか。
武器を投影しよう。
どこか……そうだな、人気のない場所に行って。
彼の武器を、投影して。
せめて最期くらいはその程度の幸せを味わって死にたいから。
心臓に思い切り突き刺して、残滓すら残さず死んでしまおう。そうしよう。
痛みも感じない――――なんて、罪深い私にしては考えが甘すぎるけれど。
けれど、いいだろう?
最期に、彼に殺される錯覚を感じながら死ぬことくらい。
それくらい、許されるはずだ。
よし、方法は決まった。あとはいつ実行に移すか。誰かに気取られてはならない。察知されてはならない。


「なあ」
え。
「おまえ、さ」
振り返る。そこには“彼”が立っていた。どこか困ったような、けれどはっきりと何かを決めたような顔をしていた。
彼はそうだ、そんな男だったじゃないか。
だから、私は彼に恋なんてものをしてしまったんじゃないか。
「最近様子がおかしいが……何か変なことを考えちゃいねえか?」
「ひ、」
喉の奥から詰まった声が出た。顔が一気に青ざめるのがわかる。
背筋を駆け上る恐怖。怖い怖い怖い怖いごめんなさい。
もういなくなるからやめてくれ。君の目の届かないところに消えるから。だからお願いだ。
私のこの想いに、気付いたりなんてしないでくれ。
「なあ、アーチャー……」
やめてくれ、頼むから!
「…………っ」
「あ、おい!」
彼の横をすり抜けようとしたら、手首を掴まれて絶望的な気分になった。そうだ、彼は最速のサーヴァント。そんな彼から速さで逃げようと思うなんて最初から無意味なことだったのだ。それでも私は足掻く。何とかして逃れようとして足掻く。どうにかして。どうにかして。どうにかして。
「離し……っ」
「落ち着け!」
怒鳴られて、身が竦む。それで私は動けなくなった。
なんて簡単!それくらいで怖気づくなんて、こんなんじゃきっと自殺も出来やしなかっただろう。なんていくじなしな自分。
ぐるぐるぐると頭の中でこれからの自分の処遇を考えていると、彼は心配そうに、
「……な、どうしたんだよ。オレはよ、…………おまえのことが、気になるから。だから、悩みとかあったら聞いてやりてえんだよ」
嘘だ。
「無理して話せとは言わねえが。話せるなら話せ。――――な?」
嘘だ。
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
「アーチャー」
抱きしめられて、私の体と心はぎしりと軋む。ああ、痛い。
血を流す心と魂が、痛い。
彼は優しい。彼は尊い。だから私は彼を好きになったのだ。
そんな彼が、私を心配してくれるなんて。
嘘だ嘘だと思いつつ、私はその事実に独り愚かにも、酔っていた。



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