「あっ! ねえねえアーチャーあっち! あっちがいいわ、行きましょう!」
「ち、ちょっと待ってくれイリヤスフィール……」
姉さん!
でしょう、と振り返って言い放った小さな姉に、アーチャーは軽々抱えた箱と紙袋を取り落としそうになる。
「……ねえさん」
「はい、いい子ねアーチャー。ご褒美に頭撫でてあげるからちょっとしゃがんで?」
「そ、それは辞退する……っ!」
「なぁに? アーチャー……いいえ、シロウはわたしのことが嫌いなの?」
わたしのことなんてきらいなのね。そうなのね。
くすん、と指を咥えて上目遣いで見上げてくる小さな姉に、アーチャーは俄かに慌てふためいた。それはこんな公衆の面前で少女を泣かせた、イコールで自分の立場が悪くなる!ということではなく。
小さな姉を泣かすのがただただ心苦しい、それだけのことだ。
「…………ッ」
なのでアーチャーは頭を下げた。速やかに。何の躊躇いもなく。
「…………」
それに瞳を潤ませていた小さな姉は目を丸くして。
「ふふ、やっぱりシロウったらいい子ね!」
今のは嘘泣きでした!と言わんばかりの輝くような笑みでアーチャーの頭に手を伸ばし、思う存分その白髪を撫でくり回したのであった。
「それにしてもイリ……姉さんがこんな庶民的な場所で遊びたがるなんて思ってもみなかったよ」
「そうね、確かに庶民的ね。でもわたし、シロウと一緒ならどこだって楽しいのよ?」
にこにこにこ。
買い物をとりあえず一旦休止して、喫茶店に入り。
メニューを注文して一段落ついた後で姉弟は語らっていた。
「服も安物だけど、シロウが一緒に選んでくれた服だから大事に着るわ。あれもかわいいこれもかわいい、似合うよ、って言ってくれたでしょう?」
「そ、それは……」
「半ば脅迫だった、とか言いたい?」
「…………」
「ふふ、仕方ないわよ。だって半ば程度じゃない脅迫だったもの。ねえ知ってる? お姉ちゃんってね、弟になら例えどんな無茶言っても、大抵のことは許されちゃうの」
「……横暴だ……」
「諦めなさいシロウ。その代わり、ここはわたしが奢ってあげるから。それと、この後でシロウの服も選んであげる」
「――――え?」
「シロウの服を選んであげるって言ったの。もちろん買ってあげるわよ? 選ぶだけだなんて、そんなの生殺し」
「ちょっと待ってくれ! 私はそんな、」
「お姉ちゃんに逆らうの?」
にっこり。
微笑む小さな姉の瞳はきらめいて、まるで魔眼みたい!
「嬉しいわよね? シロウ」
「……はい」
「あっ、これシロウに似合う! あっこれも! ねえねえシロウ、着てみて着てみて!」
「ちょっと待ってくれ姉さん! まだ試着中なんだ、カーテンを開けな……見えるから! 頼む!」
その後ヴェルデのメンズファッション店が入ったフロアに行き、一番に目に入った店へとアーチャーを連れて突撃した小さな姉はそれはもうイキイキとしたものだった。
自分の買い物の時よりイキイキとしていたくらい。
「シロウかわいい! かわいいわシロウ! そうよ、いつもの野暮ったい服なんかじゃなくてもっとお洒落をするべきなのよシロウは!」
「……うう」
「あ、これ全部買うわ。カードでいいわよね?」
呆気に取られた店員に向かって某ブラックなカードを突き出した小さな姉は間違いなく最強の姉だった。
「わたしも着替えてこようかしら。そしてふたりで腕を組んで歩くの! ねえ、それってとってもデートっぽくない、シロウ?」
「ね、姉さんの身長じゃ」
「腕にぶら下がることになる? いいのよ、それも計算済みのことだから」
そう言って、ばっ、とアーチャーの腕に飛びつく小さな姉。そうして、先程の大人びた態度はどこへやらといった調子で「きゃー!」と歓声を上げだして。
「お兄ちゃんの腕ってばすごく逞しい! ぶらーんって出来るの! ぶらーんって!」
「ね、姉さんっ!?」
「今だけはイリヤスフィールって呼んでも許してあげる!」
「そういう問題ではなくてっ!」
思いっきり視線を集めているのが恥ずかしい。途方もなく、恥ずかしい!
小さな姉を片腕にぶら下げていなければ顔を両手で覆ってしまいたくなってしまったアーチャーだったが、小さな姉は離れようともしない。
それどころかはしゃいではしゃいで、注目を一手に呼び寄せている。
「ね、姉さんやめてくれ! 頼むから! 何でもするから……っ……」
「何でも?」
小さな姉の瞳が輝く。こくこくと頷くアーチャー。そんな彼に向かって小さな姉は、
「じゃあお姉ちゃんって呼んで」
と、ハートマーク付きで凶悪な可愛さでもってそう言ってのけたのだった。
びしり、と強張ったアーチャーが。
無事に、そのミッションをクリア出来たかはまた別の話。
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