「アーチャー、アーチャー! どこにいるの?」
「……ここに」
声を張り上げて小さな淑女が弓兵の名を呼ばわる。それをいささか品がない、と思いながら弓兵、アーチャーはすっと彼女の――――遠坂凛の――――前へと、姿を現わしたのだった。
「さて何の用かな、凛。まさか用がないのに私を呼んだなどということはあるまい?」
「そうよ、用がないのに呼んだりなんてわたしはしないわ。綺礼じゃないんだもの、そんな陰険なことしない。……桜!」
「…………」
さくら、と凛が振り返って呼んだのは柱の影。そこには藤色の髪と、同じく藤色の瞳をした少女の姿があった。
「いらっしゃい、アーチャーは怖くなんてないわ。だから早く、桜」
「……はい」
どこか無機質な感があるものの、まだ幼い少女である彼女はゆっくりと凛とアーチャーのところまでやってきた。
その手を、凛はぎゅっと握る。
桜はそれにわずかに驚いたような顔をした。
「あなたもね、一緒に遊ぶのよ。わたしとアーチャーと一緒にね! ねえいいでしょう、アーチャー? 一緒に遊んで、くれるわよね?」
「……ふむ」
本来、アーチャーはサーヴァントである。聖杯戦争を勝ち抜くための使い魔であり、決して子供と遊ぶために呼ばれたものではない。
けれど。
「――――了解した、凛。一体何で遊びたい? 桜、君も希望があるのなら早く言っておくといい。君の姉は少々わがままなところがあってね。急がないとどうやって遊ぶのかさっさと決められてしまうぞ?」
「あ、」
漏れたのはか細い声。藤色の瞳が、伺うようにアーチャーを、そして姉を見た。
「いい、の」
「ん?」
「いい、の?」
静かに少女は言った。アーチャーは目を丸くして。
「いいんだよ」
かすかに笑い、桜にそう返して、いた。
本を読んでほしい。
話し合った結果、姉妹の結論はそう出たらしく、屋敷へと取って返した凛は重々しい表紙のおそらくは童話の本を持って戻ってきた。
「遊ぶ、というのかな、これは?」
「いいの! 桜とわたしで決めたんだもの、だからこれでいいのよ! ねえ、桜?」
「――――」
こくん、と頷く桜の意思は確かなもの。少なくとも姉に言うことを聞かされているわけではなさそうだ。
それを確認するとアーチャーは本を開いた。
すると、やはりそれは短編の童話が詰まった類のもので。
「いいかな、それでは始めよう――――」
すらすらと、アーチャーは低い声でそんな童話たちを読み上げ始めた。
次は絵を描きたい。
また屋敷まで取って返して、人数分の画用紙とクレヨンを持ってきた凛は溌剌とそう言った。ただ、画用紙の量はとても彼女の腕に収まるとは思えないほどには多い中味だったのだけど。
「さっきのね、お話の絵を描くのよ。それで誰が一番上手いか決めるの」
「私もかね?」
「そうよ、アーチャーも!」
当然桜もね、と凛は言って、その手にクレヨンの詰まった箱を押し付ける。
彼女は当然、少しだけだけど――――驚いた、顔になってその箱を取り損ねた。明らかに滑った指は、箱を取り落としてしまう。
「あ、」
驚きの声。
ばらばらばらばら、散らばる色たち。それはアーチャーの足元にも、凛の足元にも転げてくる。
桜の幼い体が硬直する。
「……ご、め、」
ごめんなさい。
彼女はそう言おうとした。
それを。
「大丈夫よ」
姉である凛は笑って受け流した。
「こんなの、なんでもないことじゃない。だから大丈夫。ねえ、アーチャー?」
大丈夫、繰り返す凛に、怯える桜に。
「……ああ、そうだよ。大丈夫だ」
微笑みと共に、アーチャーは返していた。
そうして彼は、散らばったクレヨンを拾う。凛もそれに続く。
桜の目の前で拾われていくクレヨンたちは、次々と箱の中へと収められていって。
「はい」
凛の笑顔と言葉と一緒に、桜の手へと渡されていた。
桜は、それを見て。
「あり、がとう」
拙くもあれど、アーチャーと姉へ、感謝の言葉を返していたのだった。
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