「…………」
「…………」
やや色味の違う、それでも同じ赤い瞳が睨みあう。
「アーチャーは……シロウはわたしのものなんだから!」
「いいやオレのだね!」
がばっ、と「もう勘弁してください」な顔のアーチャーに左右から抱きついたのは、史上最強お姉さまことイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、アルスターの英雄クランの猛犬、光の御子ことランサーだった。
「……アーチャーはわたしのなんだけど」
「と、遠坂、ここはひとつ穏便に」
ここであかいあくままで参戦したら衛宮邸が血の海なのでありまして。
フウウウウ、ガルルルル、と子猫と成犬がガチンコ勝負だ。成犬とりあえず見た目的にものすごくおとなげない。
「……えいっ!」
不意に輝くイリヤスフィールことイリヤの赤い魔眼。と、アーチャー及び衛宮邸の人々の体に重圧がかかる。
「ぐ、ぅ――――」
「ごめんねシロウ。これもあなたを手に入れるためなの。痛いことはしないわ。だからちょっと、おとなしくして――――」
て、という続きは驚きと共に消えた。畳を貫いた拳。
丸くなるイリヤの魔眼。重圧は解けていて、貫き手からアーチャーがイリヤを守っていた。
「なぁんだよ、仕留めるチャンスだったのに」
「耳をほじりながら言う台詞かっ! 私の姉さんにっ!」
「シロウ……!」
抱え上げられたイリヤ、その瞳がぱあああっと光を放ち、首ったまに細い腕ががばっとしがみつく。
「言ってくれたわね、シロウ! “私の姉さん”だなんて! ああ、なんて言葉を言ってくれるの!? なんて嬉しい言葉なのシロウ! 素敵、素敵よシロウ!」
「…………」
抱っこされたままで足をばたばたさせるイリヤに戸惑うアーチャー、むうっと眉を寄せるランサー。
つかつかつか、とアーチャーの元まで歩み寄っていって。
「ふっ」
「!?」
突然耳の中に吐息を吹き込まれ、アーチャーが跳ね上がる。その腕の中にいるイリヤも同じくぴょこんと跳ね上がった。
「ラ、ランサ、君は一体何を……っ」
「何をするのよこの駄犬!?」
「えー。だってアーチャーオレに構ってくれなくてつまんねーし? あとロリねーちゃん、オレは駄犬じゃありません」
笑顔でにっこりしてみせるランサーの、その雰囲気が不穏だった。
何と言いますか、その筋のお兄さんチックだった。
けれどイリヤは全く臆しない。
それどころか鼻で笑って。
「はんっ」
「は?」
「これだから。暴力に訴えることしか出来ない狗はこれだから。ねえシロウ?」
にっこり、と笑いかけてみせるイリヤに「えっ」と戸惑うアーチャー。そもそも先に仕掛けたのはこの小さな姉ではなかったか……思ってはみるが言えはしない。言えはしないのだ。弟は姉に勝てないと。
遺伝子レベルで、組み込まれている。
「だからあれはわたしのアーチャーだって言ってるのに」
「だからとおさか」
ここは穏便に。
土下座レベルの主人公であった。
「シロウはあなたみたいな獰猛な獣を嫌がっているの。だから代わりにわたしが言ってあげてるのよ?」
「いや、アーチャーはあんたみたいな過保護な肉親を拒んでるんだとオレは思うがね? だから代わりにオレが口にしてやってるんだ」
「…………」
「どっち!?」
「ええ!?」
いつの間にやら争奪戦が勃発していた。巻き込まれていた。
アーチャーはきょどきょど挙動不審になってイリヤとランサー、ふたりの顔を見回す。
「シロウ、シロウはわたしを選んでくれるわよね?」
「いや、アーチャーはオレを選ぶよな。な?」
「う、うう……」
選べない。
選べない、選べない、選べない、だってどっちも大切だ。
考えることを放棄なんてしない。ただ選べないだけなんだ。
「……シロウ?」
ふと、小さな姉の声がした。
「すごく、辛そうな顔、してるわ」
どうしたの、と彼女が言うから。
「私は、……オレは、姉さんもランサーもどっちも好きだから。……好きな人たちには、喧嘩してほしくない、んだ」
目が。
視界が、潤んで。
気が付けば、アーチャーは。
小さな姉と熱い体温の男に、正面から抱きしめられていたのだった。



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