「なあ、おまえいつ飛べるようになんの」
「……わからん」
「羽とかいつになったら立派に生えんの」
「だからわからん」
小さな体をちょこんと膝に乗せて、ランサーはため息をついた。
「かーいくねーの。そんなんじゃ一生羽生えねえぜ」
「一生も、何も」
私はとっくに君の配下だ!
甲高い声が叫んだ。ランサーはその前に素早く耳の穴に指を突っ込む。
「超音波だけは一丁前なのな」
「…………うるさい、たわけ」
「あ、」
へーえ。
そんなこと言うんだあ、へーえ。
ガッ、と、小さな体の腰辺りをランサーは抱える。すると、「!?」と小さな口が丸くなった。
「このまま夜空を空中飛行と行きましょうか? お坊ちゃま」
「や、やめ!」
君の空中飛行は荒っぽすぎる!
じたばたと短い拙い手足を振り回して喚く腕の中の体は冷たい。立派な吸血鬼……半分だけだが……の証である。
ただし完璧な吸血鬼であるランサーの体はしっかり熱い。まるで人間のように。
「で、結局?」
高いとことかこえーの?
「…………」
黙り込んでしまった褐色の頬にくちづけて。
「こえーんだ」
かわいーの。
ランサーは、笑った。
腕の中の体は、全て諦めたように力を抜いた。
ランサーは吸血鬼である。
そして腕の中の子供……アーチャーは半吸血鬼だ。
元は人間だったのだけど、ランサーがひどく気に入って血を吸ったところ、肉体のポテンシャルが高くそのまま配下となってしまったのだ。
ただし、その身は“半”吸血鬼であり、いつまで経っても立派な羽なんて生えてこないし牙もちっちゃい。短い。
あと、高いところにいつまで経っても慣れない。
だから何かしらアーチャーがランサーの気に入らないことをすれば、「空中飛行と行きましょうか」と言えば途端に落ちる。怖いのである、高いところ。
初めて小さな体を抱えて飛んでやった時は、泣きそうになって、実際にちょっとだけ泣いていた。それに驚いたランサーが宙から地に降り、ぐしぐしと幼い顔を拭っているアーチャーに向かい「こわかった?」と尋ねればきっと鋼色の瞳で彼を睨んで、
「こわくない!!」
と、超音波を発揮して叫んだのであった。そこだけはしっかり会得していた。
まあ、でも、怖がっているのはバレバレなのだったが。だって、「空中飛行」の話をするだけで震え上がるのがアーチャーだ。
今時、娘の吸血鬼だって怖がらないのに。空中飛行。
ちなみにその吸血鬼の名前は凛という。黒髪が非常に艶やかで、アーチャーのことをひどくお気に入りだ。
秘かにランサーは彼女をライバルだと思っている。
「嬢ちゃんなー。おまえのことわたしのアーチャーわたしのアーチャーつってかわいがってるもんなー」
何か取られそうで嫌なんですけど、とわざと敬語でランサーが言えば、凛、は、とアーチャーは俯いて。
「凛は、冗談で言っているのだよ」
「なんで」
そんな必要が、とランサーが言えば。
「……私など。人に好かれるようなものではないんだ」
「いや、嬢ちゃん人じゃねえし」
「重箱の隅を突くな」
「重箱ってなに」
「うるさい」
「へーえ」
ガッ、と再び腰を抱えれば、じたばたと足と手が拙い空中飛行。
「おまえさあ。その自己卑下やめろよな」
「何、故」
「オレがおまえのこと好きだから」
「!?」
「だってよ。オレたち吸血鬼にとって吸血行為って求愛行動だぜ?」
き、みは、とアーチャーはぽかんと目を丸くして。
「ん?」
「少年性愛者だったのかね」
「……あのな」
ランサーは牙を覗かせ、がくりと頭を傾ける。
アーチャーはその腕の中で、不思議そうな顔をしていたのだった。
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