桜の木の下には、死体が埋まってるなんて良くある話だ。
だとしたら。


このオレの気に入りの桜の下には、どれだけの死体が埋まってるんだ?


「ああ、今年もまた」
咲いてるな、と言ってオレは笑う。どれだけの血を吸ったのか。どれだけの肉を喰らったのか。
なんて想像して笑うが、そんな想像を馬鹿にするみたいに目の前の桜は綺麗だ。
さて、今は昼だから見えないが、夜になるとこの桜の下には桜の精が顔を出す。
それはすんなりと手足と背を伸ばした男の姿で、髪は桜の花弁のように真っ白だ。
オレは毎年毎年、その桜の精の元へと訪れては願掛けをする。
「早く、おまえが」
オレのものになりますように。
その願いは何年掛けても聞き入れられることはなくて、オレはただ年を重ねるばかり。
桜の精は年をとらない。最初はオレの方が若かったのに、今じゃすっかり桜の精の方が若くなっちまった。
いつかな、いつ頃オレの願いは叶うかな。
なんて笑いながら手を合わせて、初めてこの木の下で桜の精と出会った時のことを思い出してみる。それは、まだオレが子供だった時のことだ。
オレがまだ、セタンタなんて呼ばれていた時のこと。
ぼんやりと木の下に佇む姿を見て、オレは不思議に思った。
“なあ”
オレは語り掛けたんだ。
“こんな夜に、あんた何してんだ?”
だけどそいつは答えなくて。なあ、なあ、とオレは何度も呼び掛けた。
しばらくして焦れて、うー、とオレが唸った頃。
そいつは、微笑んだんだ。
すごく綺麗に。
儚く。
咲いては散る、桜みたいに。
オレは唖然とした。そんな風に笑う奴を見たことがなかったからだ。そして思った。
“なあ”
するり、と思いは口から滑り出ていた。
“あんたを、オレのものにするよ”
でも、願いは当たり前に叶わなくて。
「もう何年になる?」
十年は過ぎただろう。オレはまた、独り桜の木の下に立っている。
「なあ。あんたとオレが会って、何年が過ぎたろうな」
もう、覚えちゃいないんだ。
――――あんまりにも、年を重ねすぎたせいで。
あんまりにも、焦がれすぎたせいで。
いずれオレも死体になって、こいつの養分になるんだろうか。
通って通って通い詰めて、その結果がそうなるんだろうか。
そんなの勘弁だな、と笑う狭間で、そいつもいいかもしれない、と思うオレがいた。
生きて、あの笑顔を手に入れたいと思うオレと。
死んで、あの笑顔を保つ養分になってもいいと思うオレ。
それが、オレの中には、同居している。
「――――ハ」
陽は落ちる。
もうすぐ、夜になる。
生温かい空気。それを纏って奴は姿を現すだろう。
オレはまた願掛けをする。あんたをオレのものにする。
どうしたって、叶わない願い事。
だけど。
「いつか」
叶うかも、しれねえじゃねえか。


しん、と静まる空気。
橙色の空がふけて、藍色になる。
もうすぐだ。思えば、楽しくなった。また見れる。また、あの笑顔が。
「今夜は」
ずっと、このままここで過ごすのもいいかもしれねえな。
春の空気は柔らかく、生温い。薄いシャツと革パン一枚でも問題なく夜を過ごしていけるだろう。
「ああ、そうだ」
持ってきた土産を木に向かって見せる。町の酒屋で買ってきた、一番上等な酒。
「おまえにも」
飲ませてやるよ、と告げる。そうすればオレの目の前には、ふんわりと、何年でも見慣れたあの、桜の。



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