「奥さん……オレのものになってくださいよ……」
「駄目だ、私には息子……ウェイバーと夫が……」
「そんなものなんて捨ててオレと一緒になってください! 大事にします、奥さん!」
「ランサー君……あっ、いけない、駄目だ、ランサー、く、ん、あっ、」
あぁ……っ……!


「よし、行ける」
ドアの前でぐっ、とガッツポーズを取る男、三河屋。怪しい。怪しいことこの上ない。
「行ける、この作戦で絶対だ。今日こそ奥さんのハートをゲットしてみせる……! オレのゲイボルク(トークマナー)でな!」
明らかに「ないわー」なルビを振って、三河屋ことランサーはチャイムに手を伸ばそう、と、して、
ガッ。
「ん……? 何かにぶつかっ……あっ! ランサー君! 大丈夫か!? ちょっと買い物に行こうと思っていて、どこのスーパーが一番安いかと思いを巡らせていたものだから……っ!」
「あ、いえ。オッケ。大丈夫っす」
オレ戦闘続行スキルありますから。とあからさまに有り得ない、大丈夫ではない量の血をだくだくと流してランサーはサムズアップした。
祖父が迎えに来た気がした。まだ生きているが。


「いやあ、奥さんと一緒に買い物出来るなんて楽しいですよ!」
「そうかね? 私は特売のお一人様二パックまでの卵や一本までの醤油が倍買えて助かるが、君はこんなところ楽しく……」
「だーら、言ったじゃないですか。オレは奥さんと一緒にいられるだけで楽しいんです」
にかっ、と笑ってみせたランサーはカゴをガラガラと押しながら「そ、そういうものなのかな」と唇に指先を当てて戸惑っているターゲットことエミヤに言う。
「そうなんです。だから、オレにたっぷり頼ってくださいね?」
「う、うん……」
目を伏せてチラシを見るエミヤを見てランサーは思う。
やっべ。
超かわいい。
人妻のくせに何なんだよこのかわいさは、と視線を奪われていると、
「え?」
ごく自然に。
腕を組まれて、目を瞬かせる。
「奥さん……」
「ランサー君! あっちに特売コーナーが!」
「あ、ああ〜……」
そうですね、そうですよね。
引っ立てられていくランサーの心中は複雑だった。奥さんかわいい。オレ哀れ。それが心を二分していた。


「はい、」
え?
あれからたっぷりと買い物を終えて帰り道。
ちょっと公園で休んでいこう。
そう、エミヤが言うので促されるままベンチに座れば目の前に差し出された缶コーヒーと紙に包まれた丸いもの。
「大判焼きだが……嫌い、だったかね?」
「! いえ、いいえ! 大好きです、オレ大好きっす甘いもの!」
差し出す手からぱっと受け取ろうとすれば、指先と指先が触れ合う。思わずどきりと胸を高鳴らせたランサーとは裏腹に、エミヤはにこにこと笑っている。
これが人妻の余裕というやつだろうか。
しかし。
人妻。
公園。
辺りは人気なし。
――――これは、
(襲うか……!?)
まぐまぐまぐまぐ。
速攻で大判焼きを片付け、「そんなに好きだったのかな?」と無邪気に微笑むエミヤの顔を間近で見ながらランサーはその肩に手をかける。
「ランサー……くん……?」
「奥さん、オレ……」
「ラ……」
「オレ……!!」
ふっ。
エミヤの方から手が伸びてきて、これは脈ありか!?とランサーが思った途端だ。
「餡子。付いていたぞ?」
「え」
「ふふ、君もまだまだ子供だな」
くすくすと笑われ、何となく気が抜ける。
あー、これが人妻パワーか。
などと肩を落としてしまったランサーだったが。
その先も彼が懲りることはなかったという。



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