「ふん! わたしのアーチャーなんだからあんたに渡すわけにはいかないのよ!」
「は? 何言ってんのかねえお嬢ちゃん、アーチャーはオレのだぜ?」
身長差も年齢差も気にせずに。
あかいあくまとあおいもうけんは今ここに、バトルの幕を切って落としたのだった。
「あいつは不器用だし、つんつんしてるけど身内にはめっぽう甘いし! 可愛いったらないんだから!」
「そんなのオレだって知ってる。抱き締めた時の低い体温だとか、それがだんだん熱くなっていくところだとか。たまらねえな、正直」
「なっ……何してくれてんのよ、わたしのアーチャーに!?」
「やらしーこと」
「ガンド撃つわよ」
「オレサーヴァントだから」
そんな攻撃なんともねーよ、と返すランサーに凛はぎりりと歯噛みをした。この猛犬……いや駄犬!
「どうせあんたなんか聞いたことないのよ。朝わたしを起こす時、あいつの声の優しさっていったなら想像出来る? 出来ないでしょ? “凛、凛。起きたまえ、早く起きて学校に行かないと。遅刻してしまうぞ、凛、凛……”って!」
「オレはアーチャーの寝顔を見たことがある」
「なっ!?」
「嬢ちゃんはその分じゃ……ねえか。抱き壊す寸前まで抱いて、意識飛ばして、眠ったアーチャーの顔ったらねえぜ? 前髪が下りて、幼くて」
「その顔はわたしだけのものなのに……!」
UBWラストのことですね。
凛はまたぎりりと歯噛み。学園のアイドルのする顔じゃあない。
わたしのアーチャーなのにわたしのアーチャーなのにわたしのアーチャーなのに!
駄犬なんぞに奪われてたまるかとぎりっともう一度歯噛みして、凛はちゃぶ台をばんと叩く。
「あんた、アーチャーのデレた顔見たことあるの」
「――――」
「わたしはあるわよ、何回も。すごく不器用に笑うの。辛そうに、だけど幸せそうに微笑むのよ。あんた見たことある? 笑わせたことが、あんたにはあるの、ランサー?」
「……ねえな」
勝った!
凛が勝利を確信し、握りこぶしを握った時だ。
「でも、泣き顔は見たことあるぜ」
「な……っ」
爆弾発言が、ランサーから落とされたのは。
「泣かせたの!? 泣かせたっていうの、あんたが! アーチャーを!? ちょっと詳しく聞かせなさいよ、話によってはあんたをぎったぎたのめっためたにして二度と復活出来ないようにしてやるんだから」
詰め寄った凛にランサーは泰然と、
「幸せそうな泣き顔だよ。オレが生涯おまえを守ってやるって言ったら。“信じられるか、たわけ”って言ってあいつは笑った。泣きながら、な」
「…………っ!」
そんな顔なんて、そもそも泣き顔なんて、アーチャーの泣き顔なんて、凛は見たことがない!
笑ってくれたことは何度もある、だけど、泣き顔は。
「オレが抱き締めたら一瞬あいつは息を呑んで、やめないかって震える声で言ってそれでもオレの胸の中にいた。やめないか、いやだ、って言いながらもオレの胸に縋ってたんだ、あいつは」
凛の握りこぶしがわなわなと震える。
ああ、このこぶしに最大級の呪いを込めてガンドとして目の前の駄犬の顔面にぶつけたい。
暴力者だと言われようが何だろうが構わない。だってイラつく。ムカつく。腹が立つ。
信じられない信じられない信じられない信じられない!
アーチャーは絶対的に遠坂凛の傍らにいなければいけない存在なのだ。そりゃあアーチャー自身が拒めば凛も少々は考えよう。けれどそんなことはない。
絶対にないと言い切れる。
だってアーチャーが凛を呼ぶ時の声の優しさといったらないのだ。
“凛”
幸福そうに、たまには呆れたように、アーチャーはその名前を呼ぶ。
“凛”
そんな風に名前を呼ばれて、離れようとその相手が思っているだなんて一体誰が思えるだろう?
ランサーはそんな風に名前を呼ばれるだろうか。凛は知らない。それでも凛は呼ばれる、それでいい。
幸せで。
幸せで、幸せで、幸せな。
そんな声で呼ばれるのなら、例え他の全てを失ったとしても構わない。
君は仕方ない女性だな、と。
からかうように、けれど幸せそうな顔で。
言われたのなら。
……の、なら。
それはきっと、特別なことだろう。
もしもランサーが同じように呼ばれていたとしても、凛が嫉妬することはない。
凛には凛の“特別”がある。
だから。
「嬢ちゃん?」
ランサーが怪訝そうな声で呼ぶ。凛はふん、と鼻で笑った。
むっとする顔に極上の笑みを返して一言。
「この勝負、引き分けにしてあげてもよろしくてよランサー?」
「……なんだそれ」
それをランサーが受け入れたかどうかは、また別の話だ。
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