アーチャーは……シロウはわたしの鞘です。
衛宮邸。
家事中のアーチャーにランサーがちょっかいを出してきゃあきゃあと言っていた時に、その発言は落とされた。
こくこくと緑茶を飲んで、喉を鳴らしてからの一言。
ふう、とため息をつくセイバーを見つめるランサーの顔は真顔だった。
「おい、そいつはどういうことだセイバー」
「ですから、その通りの意味です。シロウはわたしの鞘だ。だから早くあなたから引き離すべきだと思いまして」
「そりゃあ聞き捨てならねえなあ!」
「お、おい、ランサー、それにセイバー」
「シロウは」
「おまえは」
「黙っていてください!」
「黙ってろ!」
えー……。
当の本人なのに……と肩を落とすアーチャーに構わず、セイバーとランサーの言い合いは続く。
「とにかく、シロウはわたしの鞘なのです。縁で繋がった仲なのですから、横から手を出されては困ります」
「そんなもん、あの坊主だけで我慢しろよ。大体こいつはアーチャーであってシロウじゃねえよ」
「いいえ、シロウです。元は同じシロウという人間だったのですから、間違いなく彼はシロウだ」
解せぬ。
シロウシロウと連呼されることは複雑な心境だった。戸惑いもあり、嬉しさもあり。
衛宮士郎であったことはアーチャーにとってある意味最大の汚点だ。答えを得た“今”でも基本的にはそう思う。
それでも、セイバーにかつての名であったシロウと呼ばれるのは決して嫌ではない自分がいる。
「そんなに縁だとか繋がっただとか言うならなあ、こいつの可愛いところを挙げてみろよセイバー」
「は?」
「いいでしょう」
「え?」
ちょっと待て。
ちょっと待てったらちょっと待て、待て待て待て待て!
「不器用で真っ直ぐなところがシロウの美点だ。アーチャーとなってそれは失われたように見えますが、わたしは知っている。彼がまだ、その素直さを己の心に宿していることを」
「いや、ちょっと、その、セイバー、」
恥ずかしい。
恥ずかしいので止めてほしいのだが、声が小さくてセイバーには届かなかったらしい。
セイバーは胸に手を当てて語り続ける。
「まず第一に人のことを思うところ。そこもまだシロウからは失われていない。自己犠牲だと言う輩もいるかもしれない。それでもわたしは――――」
セイバーは一度顔を伏せ、それから上げる。
凛、とした面持ちだった。
「それでもわたしは、シロウのその心が誇らしい」
「セイバー……」
じん、と来てしまった。
潤みそうな瞳を堪えてアーチャーがただ、自分の剣でいてくれた少女の名を呼ぶと。
「そんなもん、オレだって同意見だ。こいつは歪んじゃいるが真っ直ぐだ。その矛盾がどうしようもなくオレは腹立たしくて、そして、好ましい」
「ラ、ランサー?」
「真似をしないでくださいランサー!」
「してねえよ。オレはオレなりにこいつの矛盾を愛してるんだ」
「なっ……」
「愛しているだと!? 許せません! わたしのシロウにそんな口をきくなどと!」
「別におまえに許してもらわなくても構わねえよ。オレは自分の信念に基づいてアーチャーを矛盾ごと愛してるんだから」
しん……と居間の、空気が凍る。
赤い瞳が堂々とアーチャーを見つめていて。
アーチャーはそんな瞳に見つめられ、顔を真っ赤に染め上げた。
「…………ッ」
「なぁ、」
ランサーの低く、甘い声。
「それくらいは許してくれるだろう? アーチャー」
「!」
「ランサー!」
手を握られて、正面から顔を見つめられ。
アーチャーはどくん、と心臓を鳴らす。
「ゆ、るすも、何も、」
「なぁ……許してくれよアーチャー。オレにおまえを愛させてくれ。アーチャー」
ぞっと。
背筋を撫で上げるような声で呼ばれ、とうとうアーチャーは心臓が止まるかと錯覚した。その背後からセイバーが抱きついて、
「いけないシロウ! あなたはわたしの鞘だ!」
「そんなもん捨てちまえ! おまえはオレの……」
今度こそ口出しすることが出来なくなって、アーチャーはただただ心臓を高鳴らせていた。
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