光の御子とは。
動物を招き寄せる逸話でもあっただろうか。
それくらい、ランサーの周りには猫が集まっていた。にゃんにゃんにゃんにゃん。白、黒、三毛、ブチ。ちょっと羨まし……くない。なんてない。絶対に。
すぐさまに、見つかる前に立ち去ろうとした時だ。
にゃん!
「こ――――」
ねこさん。
わかる。馬鹿にしないでもらおうか。どんなに猫にまみれていようとも、こねこさんなら一発で判別出来るのだ。
思わず屈み込んだ私の膝にこねこさんは喜び勇んで飛び乗ってきて(ああ、そうならどんなにかいいだろう)ごろごろと伸ばした指に額を擦り付ける。柔らかく温かく安心する触り心地。出来るならずっと触れていたかったけれど。でも。でも、でも、でもけれど。
「アーチャー」
……気付かれて、しまった。
「か、」
帰る!
叫んで身を翻そうとした私の襟首を、ランサーの白い指先が緩やかに掴む。さて、私は。
猫さんたちとランサーの。……どちらから、逃げようとしたのだろう?


はっきり言えば、気は付いていた。アーチャーの気配には。馬鹿にするなと言いたい。笑いながら言いたい。オレを舐めるなと。
いや、舐められたいという願望はある。今、オレの腕の中でオレの顔を舐める白猫のようにぺろぺろと。でもまあ、たぶんそんなことを言ったら怒るし。
アーチャー超怒るし。なので言わないままでおく。
「パトロールか?」
代わりに違う言葉を言えば、そうだ、とアーチャーは決まりが悪そうに答えた。ああ、と口元を吊り上げる。別にいいのにと思う。
考えるならば次はオレの番なのだし。もう、おまえはそこまで働くことはないのだと思って、でも、こいつはそういう奴だからなあ、と露骨に目を細めてみた。
「何だね」
「何でも」
有耶無耶にするように寄ってけよ、と言う。ついでに足元の猫を取り上げ、後ずさろうとする手元に渡してやる。そうするとアーチャーは「あ――――」と言い、それを簡単に受け取ってしまった。
にゃあん。
猫は鳴き、アーチャーの節くれ立った指先を舐める。
アーチャーは、夜だというのに眩しそうな目をした。
オレはそれが無性に嬉しかった。
もっと見たい。もっとそんな顔を見たい。オレがもたらしたものでなくとも。他の誰かがやってのけたことでも。それでも、こいつが笑えたならと。


逃げられないと思った。猫さんたちは私をじっと見ている。それに加えてクランの猛犬。私は動物に弱い。
ついさっき一匹の猫さんに舐められた指先が乾いていく。少しだけ、もったいないな、と感じた。
「寄ってけ、って言ってるぜ」
にゃあん、と鳴いた猫さんの言葉を通訳するようにランサーが笑う。それに答えるように新たな猫さんたちが寄ってくる。わらわらわらわら。猫の吹き溜まりのようになった足元がくすぐったい。
これでは動けない。猫さんを蹴散らしていくわけにも行かないし。
「ん?」
てし。
まるで招き猫のように手を曲げた一匹の猫さんがその手を私の膝に乗せた。そしてそのまま、
「あ……」
ぴょん。
「ほら、寄ってけって」
膝の上に飛び乗られて、私は少し驚く。懐っこい猫さんだ。
「わかるんだよ」
「え?」
「猫好きな奴が」
だから懐くんだ。
そう言って、ランサーは笑う。夜だというのに、それを全く感じさせない明るさで。
私はどきりとした。猫さんが乗る膝の上に、ランサーがてのひらを置いたから。
「――――」
軽い、くちづけ、
「オレもだ」
「……え」
「自分が好きな奴のことが、わかるんだよ」
悪戯げに言ってランサーはたった今、私の唇に触れた自らの唇を舌で舐めずった。夜の闇、その唇は赤く、濡れて光っている。
目を逸らそうとした私に「駄目だ」とだけ言って、ランサーはまた私の唇に触れる。
ちゅっ、ちゅ、と幼げな音がして、思わず私は目を閉じた。
「ラン……」
「だから、駄目だ」


猫さんの感触。
ランサーの。
ランサーの。
私は目を閉じる。
触覚と聴覚で、私は彼らを感じ取る。



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