「オレのだ!」
「わたしのよ!」
「わたしのなんだから!」
「わたしのものです!」
「お……俺のだっ!」
言った。士郎までもが言った。それくらい大混戦だったのだ。
発端は酒の席、発言は藤村大河。
“ねーえ、アーチャーさんってみんなに好かれてるけどーう、一番アーチャーさんを好きなのって誰なのかしら?”
アーチャーが誰を好きか。
それはがたいがやたらめったらいいくせに中味が子供なアーチャーに免じて皆さん究明するのを避けているが、その逆だとしたら?
アーチャーを誰が一番好きか。
これならどうだろう、という話になったのであった、まる。
まずはイリヤと凛が火花を散らし、そこに当然であるかのようにランサーが割り込んで。ばちばちばち、と激しくなった火花をものともせず割って入ったセイバーちゃんキャーおとこまえー、そして結局士郎までもが。
取られると思ったのだろう、うやむやのうちに。そんなのはいやだ、いやだそんなのは。だったらもう、ぶちまけてしまえと。
思ったのだろう、士郎が!あの!士郎が!
“俺もアーチャーが好きなんだから……っ!”
と、言ったのだ、みんなの目の前で。
初めはそんな士郎を目を丸くして見ていた面々だったが、そうなったらライバル認定である。
きゃー、情熱的ー。
なんて大河が手を合わせて喜ぶくらい熱烈なアーチャー争奪戦が今ここに幕を開けたのだった、カーン。
「いいか、アーチャーはオレのだ。絶対的に何があろうとオレのもんなんだ。何があろうとこれは譲れねえ」
「なに言ってるの、アーチャーはわたしのよ! わたしのアーチャーに決まってるでしょう? わたしのサーヴァントだからってわけじゃない、アーチャーはいついつだってわたしのもので、わたしのアーチャーに決まってるの!」
「ふふーん、ランサーもリンも馬鹿なんだから! アーチャーはわたしの大事な弟でわたしだけのものよ!」
「いいえイリヤスフィール、ここは主張させてもらいましょう。アーチャーは過去からわたしのものなのです。ええ、大事なわたしの鞘です」
「みんな勝手すぎるんだよ! ア、アーチャーはなあ……っ」
「ちょっと待ってください皆さん!」
そこに割って入ったのは桜。酒の席でも自分を律していた彼女が今ここで、大混戦の中に割って入ったのだった。
ストッパーになるか間桐桜?果たして彼女は皆を止められるのか?
「アーチャーさんの気持ちも考えてください! そんなに一気に言われたら戸惑っちゃいますし、それになにより……」
ぐっ、と桜は握りこぶしを握り、固く目を閉じて。
「わたしも、アーチャーさんのこと大好きなんですから――――っ!」
「サクラ!?」
間桐桜、ここでまさかの暴走開始であった。
ライダーは目を丸くして頬をまさに桜色に染めたマスターである彼女を見つめている。そんな彼女に桜はだってだって、と首を振り。
「先輩ももちろん好きですけど、未来の先輩であるアーチャーさんも好きなんです! それにライダー、」
「は、はい?」
「あなたもアーチャーさんのこと、好きでしょう?」
「は……い?」
あっけ。
そんな表情をしてみせたライダーだったが、ふと思い当たる様子を見せて。
「ま……まあ、その……彼の血は美味しそうですし? 嫌い、ではない、のかもしれません、ね……?」
「おーっとライダーさんもここでまさかの参戦! 事態は急展開を見せたーっ!」
「って藤ねえ! さっきから無駄に煽ってばっかりいるけど、藤ねえはどうなんだよっ!」
「うん? 好きだよ?」
あっさりけろり。
なんて様子で大河は言って、けどねーとからから酒瓶片手に笑ってみせた。
「わたしはきっとみんなと同じくらいアーチャーさんのことが好きなのよねー。いやいや、正直こんなこと言いだしたけど誰が一番だなんてないと思うわよ? みんな一緒に同じくらいアーチャーさんのことが好き。それじゃ駄目なのかしら?」
「駄目にっ、」
「決まってるだろ!」
なにいってんだこのばかトラー、と誰かが叫んだ。“誰が一番”なんて物議を醸しだすテーマを提示しておきながら藤村大河、まったく無責任である。
「ふふ、こうなったら殺し合いで決着をつける? わたしは特にそれでもかまわないわよ?」
「待てイリヤ、それはあまりに凶暴すぎる。もっと平和的な形で決着をつけるべきでな……」
「あら、シロウったら随分と積極的! 日頃はアーチャーなんてーっ、なんてツンケンしてたくせにあれは内心の裏返し? まああなたとアーチャーが仲がいいのはわたしは嬉しいけど、それとこれとは別なのよ」
いちばんはわたし、イリヤは胸を張ってきっぱりと言い切ってみせる。それをぎらっ、とした視線で睨む者がいた。
「それは違うぜ、アインツベルンの嬢ちゃん。アーチャーをこの世で一番好きなのはオレだ。何しろアーチャーが坊主のときから気にはなって……」
「じゃあランサーには士郎でいいじゃない、はい決まりー」
「なんで」
「さっ!」
極論に過ぎるぞ遠坂!と士郎が叫んでランサーが力いっぱいに同意する。
「坊主は坊主、アーチャーはアーチャーだろ。元は同じだが行き着いた先は違う。オレはそんなアーチャーが好きなんだ」
「俺だって同じだ! 確かにアーチャーは元は俺だけど……でも、結果が違うなら結局は違うはずだ」
「ええ? わたしにとってシロウはシロウよ? アーチャーもシロウであって、それ以外の何物でもないわ」
「そうです。わたしもイリヤスフィールと同意だ、シロウ。あなたとアーチャーの魂は同じなのだから」
「ええーいっ、今論争してるのはそんなことじゃなくて“アーチャーが誰のなのか”よっ!」
「違うぞ遠坂!」
違います。
そんな感じでわいわいざわざわがやがやとやっていたとき。
「失礼します」
玄関がからりと開けられる音がして、勝手にお邪魔致しますね、なんて誰かの声がそちらから聞こえた。そしてふたりづれの気配も。
「……あら? 何やらみなさん楽しそう。一体何があったのか、お聞きしてもよろしいですか?」
やってきたのはシスター・カレン。夜だというのにいつものはいてない姿ではなく無難にカソック姿で、無表情に楽しそうな声を転がす。
「げ、カレン」
露骨に嫌そうな顔をしてみせるランサー、その顔がさらに嫌そうなものになる。
「しかも、いらねえ奴を連れてきやがった」
「何を言うか雑兵。この女が付き添いが必要だと言うから我がわざわざこの姿になりついてきてやったのだ。常ならこんな仕事は貴様の役割ぞ? 代わってやったことに感謝するがよい」
「ぜってえに、しねえ」
言い切ったランサーにむっとしてみせるカレンの連れ――――ギルガメッシュだったが、ふと部屋の中央でわいわいやっている衛宮邸の面々に興味を示したような顔をしてみせる。
「何をしている? 雑種どもよ。この王たる我が聞いてやる、話せ。特別に耳を貸してやろう」
「ギ、ギルガメッシュ」
その尊大な態度に彼を苦手とするセイバーがランサー並みに露骨な嫌そうな顔。それを見て喜悦の笑みを浮かべ、ギルガメッシュはさあ疾く話せ、と尊大街道まっしぐらだ。
「セイバー、おまえの口より聞けば退屈な真相も少しは面白さを帯びるであろう。我が許す、話すがよい」
「誰があなたになど!」
「……うん?」
当然拒絶の意を見せるセイバーだったが、その理由以外でギルガメッシュの表情が不意に変わった。部屋の中央でわいわいと騒ぐ面々、その中でもみくちゃにされているのは誰ぞあろう、アーチャーそのひとであって。
「フェイカーではないか。随分と面白そうなことになっているな?」
「英雄王……っ、」
誰が面白そうなことになっている!と声を荒げるアーチャーだったが、その脇の下からにゅっと顔を出してイリヤが英雄王を牽制する。
「あっち行きなさいよ暴君! 今わたしたちは誰が一番アーチャーを好きなのか論議中なの! 論争中なの! あんたにかまってる暇とか全っ然、かけらもないんだからっ!」
「そうよ、あっち行きなさい金ぴか!」
その言葉に。
「……っ……く……っ……」
呆気に取られたといった顔つきのギルガメッシュは下を向き。
額を手で押さえると勢いよく仰け反って、大声で三軒隣まで響き渡らんかというくらいの大声で笑い始めたのだった。
「くっ、くはははは! まったく、雑種どものすることは意味がわからん! 贋作を愛する? 誰が一番か、だと? そんなことで論議するとは――――まったく、くだらないことこの上ないな!」
「なんですって!」
たちまち牙を剥いて噛みつくイリヤ、それにだが、とギルガメッシュは笑ってアーチャーの腕を掴んだ。
「余興としてはなかなか面白いぞ愚民ども。その戯れに、我も乗ってやろうではないか」
そう言うと、ギルガメッシュは――――、
「――――」
「…………!」
「――――~ッ」
「! ! !」
「……ふう」
ぺろり、とたった今アーチャーの唇に触れた己の唇を舌でなめずって、ギルガメッシュは満足そうに息をつく。
突然くちづけられたアーチャーはフリーズ状態だ。
「これでおまえは我のものよ、フェイカー。誰のものでもない、我のな。愛でてやろう、気まぐれにだがな。どうだ嬉しかろう? この我の寵愛を受けることができるというのだからな!」
「なっ、なっ、なっ、なっ、」
「なにやってんだばかやろう――――!!」
士郎が叫んだのを皮切りに、辺りは一帯大騒動。その中でもギルガメッシュはアーチャーの腕を離すことなく悠々と笑い、それどころかもう一度くちづけを仕掛けようとその体を前へ、ぐいと乗りだす。
「きゃー! やめてやめてやめてー! シロウが、シロウが汚されちゃうー!」
「ギルガメッシュ、あなた……! 覚悟はできているのでしょうね!」
「ふふ……! ふふふふふふ……!」
「この野郎……マジ殺す!」
「吠えるがいい、雑種ども。貴様らが何と言おうとフェイカーは我が手中よ!」
「……あらあら、とても楽しそう」
彼のあんな楽しそうな姿、久々に見ましたわとカレンが言い、それはよかったわねーと大河がからから笑って同意する。
「でもこれは大変よー。ライバルはたくさんだし、今夜はみんな眠れないわねー」
「そうですね、ふふっ」
ふふっ、じゃないという。
とにかく勝負は一歩差で、英雄王の一人勝ち。今もイリヤや凛、ランサーたちが吠えかかっているのにも余裕で、アーチャーを弄ぶのに余念がない。
そうして衛宮邸の夜は更けて、アーチャーの眉間の皺は今日もまた深くなるのだった。
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