オレのこいびとはアイドルだ。
といっても職業のことじゃなくて。
「あらアーチャーさん! キャベツいいのが入ってるわよ、買っていかない?」
「おっと奥さん、アーチャーさんにオススメならこっちだな。今が旬の鰆! シンプルに焼き魚が美味いよ!」
「待て待てそこの旦那、アーチャーさんになら甘味! これだろう! 大判焼きの新味出たよ!」
これである。
ちょっと商店街を歩けばこれこのとおり。引く手あまたのアイドルっぷりだ。
見方を穿っちまえば押し売りされてるとも取れるがそうじゃねえ。純粋に、奴は商店街の皆様に愛されていらっしゃる。
「……どうした? ランサー。機嫌が悪いようだが」
「……べつにー」
悪い気はしねえのである、もちろん。
オレのこいびとが皆々様に愛されてるっていうのはいいことだ、とても。特にこの野郎は自分を愛せない自虐人なので、誰かに愛されることが非常に重要といえる。
……だけどなあ?
限度ってもんがあらあな。
オレだって焼きもちくらい妬くんです、ええ。
「猫さんたち、今日も元気だったか?」
その上、こいつは猫どものアイドルでもある。買い物を終えてふらりと公園に立ち寄ればあちこちから野良猫がぞろぞろぞろ。奴はめったに見せない笑顔でそんな猫どもをかいぐり、撫で、慈しむ。
ちくしょうその半分でもオレを愛せ。そんで残りの半分は自分を愛せ。
「……? どうしたランサー、やはり機嫌が……」
「悪くないですよーだ」
たまにゃ子供じみるのも、見逃してくれるだろう?
奴は戸惑った顔をして、ことん、とまるで子供みたいに首をかしげた。何ごとか考える時間。きっと的外れなことを考えていやがる。
「まあ……とりあえず、ここに座りたまえ」
ぽんぽん、とベンチを示された。オレはぶすっとぶすくれた顔をしつつもそれに従う。ベンチには奴の方が近かったので、奴の方が先に座った。隣、ちょっと距離を開けたところに座る。
奴はその間、がさがさと何か、大量に買ったものの中から何かを探していた。その横顔をじっと見て思う。
あーあ。
こいつ、オレだけのものになんねえかなあ。
「ほら、食べるといい」
「……一度子供ぶったら二度目までそれか」
「?」
大判焼きを差しだした奴は不思議そうな顔をする、ちくしょうかわいいなあこいつ。
ひとりじめしたい、すごくしたい、けれどこいつはみんなのアイドルで。
商店街の皆々様や猫どもだけじゃない、嬢ちゃんたちや坊主だって実はこいつにぞっこんだ。
わかってるんですよ?こいつがオレを好きってことは。でも、“オレだけが好きだ”ってまだ言ってくれたことねえもん、こいつ。
恥ずかしいのかなんなのか知らねえけど。……そう思ってねえんだったら凹むなあ……。
「温かくて美味いぞ。君は甘いものが好きだろう?」
ええ好きですけど。
おまえさんの方がもっと好きです。
「なあ」
「何かね?」
「抱きしめても?」
「なっ」
奴は見事に顔を紅潮させた。
あーあ、こいつこんなに初心いんだもんなあ。積極的にゃ、出れねえよなあ。
「ああ、いい、いい、わかってる。ほら、それよこせよ」
「あ? ああ、ああ、うん」
中途半端に素に戻った状態で奴は手にしていた大判焼きを差しだす。オレはそれを素直に受け取ると、大口を開けてがぶりと噛みついた。
とろりととろけたクリームが美味い。うん、こりゃ確かに。
「美味い」
「だ、だろう?」
どもってやがる。
「あのよお」
「うん?」
「おまえよお、商店街のおっさんやおば……お嬢さんとは普通に接せてるよな」
「それは……普通のことだろう?」
「だな。で、猫どもとも……いや、少しばかりデレデレしすぎなとこもあるか……?」
「な、」
失礼な!とでも言いたげですが、真実ですから。
そのデレデレっぷりをオレにも披露していただきたいんですけれども?
「で、だ。なんでオレとはこう、心開けてないところがあるんですかね」
そう言うと、奴は黙っちまった。自分の分にか、取りだした大判焼きにも手をつけねえ。
ほら、こういうところが開けてねえんだ。
「おまえはみんなのアイドルだけどよ」
……口に出してみると恥ずかしいなこの表現。
そして奴を見ると奴は絶句している。認めろよ、わかってんだろ?
「オレはおまえをオレだけのもんにしてえ。ていうか独り占めしたいんだよ」
なあ。
そうささやいて、オレは身を乗りだした。
ちなみに大判焼きは全部片付けた。
「……させて、くれねえの?」
「――――〜ッ」
途端に紅潮しきってたと思ってた奴の顔がさらに赤くなる。
「!?」
突然視界が変わって驚いた。どん、と背中に土の感触。
どうやら突き飛ばされたらしい。暴力に出やがったか、このツンデレ。
地面に落ちたままオレは上を見上げる。すると、そこには立ち上がった奴の後ろ姿。
覗く耳までもが、赤い。
「おいおまえ、さすがにこれはオレも……」
傷つくぜ、と口にしようとしたそのときだ。
「恥ずかしいことを言うなたわけ! それに、だ……、そんなもの、言われなくともとうにされている!」
へ?
今、恥ずかしいことを言ったのはオレじゃなくて目の前の男のような気がするんだが。
「――――帰るぞ!」
言い捨てて、オレを放置プレイしてザッザッザッと足音高く公園を後にする錬鉄の英霊。
おいおい?
「マジかよ……」
さっきのクリームどころじゃなく、オレがとろけちまいそうなんですけど。
それから数日間、奴は口をきいてくれなかったけどオレは幸せだった。なんせ、皆々様のアイドルをこの手に掴んだんだからな!
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