女にはやはり、花が似合うと思うのだ。
言峰に“適当にやっておけ”と言われた雑務のうちのひとつ、花壇の水遣りをしながらランサーはぼんやりと考えた。
あんな陰気な神父がかまえる教会でも花壇には色とりどりの花が咲いているし、それなりに……いや、それ以上に内装もきれいだった。きっとアーチャーが毎日甲斐甲斐しく働いているのだろう。
まったくサーヴァントをなんだと思っているのか。
家政婦か何かと勘違いしてやがるんじゃねえのかコラ、とランサーが毒づいたとしても状況はきっと変わらない。おそらくは聖杯戦争が終わるまで。
……というか、あのクソ神父は聖杯戦争に勝ち残る気があるのか?
非常に疑わしいところである。ランサーが見た言峰の姿といえば、能面であれこれ用事を言いつけてくる姿だとか、能面で嫌味を言ってくる姿だとか、能面尽くしだ。いや、豊富な表情なんて見たくないし、その中でも笑顔なんて特に見たくないのだが。
そう舌打ちをして思い出すのはアーチャーが作った麻婆豆腐を食べてにんまりと、そう、にんまりと大変に不気味な顔で笑った顔だったものでランサーは意図的にその光景についての思考をシャットダウンした。
代わりにと思い浮かべるのはそんな言峰の傍に佇む矮躯の少女の姿。
赤い概念武装を全身に纏ったその姿だったが、何故だか―――――。
ランサーは花壇に屈み込み、一輪の花に触れる。素朴で清楚な一輪の白い花。それが、アーチャーにどうしてだか似合うと思ったのだ。彼女の纏う赤色は鮮烈で、思い出そうとするとまずその色が浮かんでくるのに。何故だか、その白い花がアーチャーには似合うと。
摘み取った一輪を手に彼女のことを思うが、それを手渡す想像に繋がらない。
それなりに仲良くはなっている、のだと思う。けれどまだ自分たちの関係は同僚であり、それ以上でも以下でもない。この花を、もしも手渡せたとしてもそこから先のアーチャーの反応が思い浮かばないのだ。喜ぶのか。困るのか。それでさえ、想像の中でさえ。
ただ思うのは磨かれた剣のような鋼色の瞳でじっとこちらを見つめてくるのだろうなと、そう思う。ランサーが見惚れるほど静かな瞳で。
「……あーあ」
自分も随分と青臭くなったものだ。
考えて苦笑いすると、ランサーは一輪の花を持ち教会の方へ振り返、り―――――。
「…………」
目の前にアーチャーの姿を認めて、ぎしり、と固まった。
「…………」
「…………」
「よ、お」
「うん」
ぎくしゃくしながらもなんとかしてみせた挨拶にアーチャーはこくり、と小さくうなずく。うん、という言い方がやけに幼くて可愛らしかった。
というかそもそもだ、アーチャーは可愛いのだ。その外見に似合わず男のような言葉遣いと態度であるが、小さくて、可愛い。だけれど出ているところは出ていてたまに目のやり場に困る……ああ、まったくもって青臭い。
なんとか緊張を抑えてぼりぼりと頭を掻くと、ランサーは話を切りだした。
「ん、なんだ。こっちに何か用事でもできたか?」
「そういうわけではないが。当面の仕事が終わったので、外に出てきた」
「そうか」
「うん」
繰り返す。またもこくん、と小さくうなずいたアーチャーにそうか、とランサーは返した。しかしそこで会話は途切れ、沈黙がふたりの間に落ちる。
ランサーは再度頭を掻きながら、そういえば共通の話題がなかった、と思い返す。言峰の話題がなくもないが、よりにもよってその選択肢を選ぶのは間違ってるだろう、と感じた。
何か話題がないか―――――思うランサーの耳にふと、小さな声が届いた。
「……この花壇は……君が?」
ランサーはその問いに両目をぱちくりとさせる。違うのか?とでも言いたげに首を傾げるアーチャーに違わない、という意味で首を横に振りかけて、慌ててこくこくとうなずいた。
「そうか」
アーチャーはゆっくりとした足取りで花壇の方に、ランサーの方に近づいてきた。そうしてその傍で膝を折ると、ささやくような声で。
「きれいだな」
「―――――」
ランサーは言葉を失った。アーチャーはしばらく花を見つめ、不意にランサーを見上げる。
「おかしいだろうか」
「へ、え?」
「私が花をきれいだ、などと言うのはおかしいだろうか」
だったのならすまない、とつぶやいてわずかに眉を寄せたアーチャーにランサーは最速で手を振ってみせる。
「いや、そんなことねえよ! 全然、なんもおかしかねえ! おかしかねえよ!」
怒涛の勢いでの否定は、考えなしのものだった。直感でそうではない、と言い募る。できたのはそれだけ。はっ、と気づいたときには、アーチャーが静かな鋼色の瞳でランサーを見ていた。
失敗した……!
続く直感でそう悟る。まったく本当にオレ様がらしくねえ、とランサーが少々の悲嘆に暮れかけたとき。
「それは……嬉しいな」
笑った。
アーチャーが、笑ったのだ。
それはかすかな微笑みだったけれど、確かに笑顔だった。
ランサーは呆気に取られ、それから。
「……うん?」
「似合うぜ」
白い髪に同じ色をした一輪の花を挿されたアーチャーは不思議そうな顔をすると、
「そうか」
二度目の言葉で、口角を上げてそう返答を返した。
後日談。
「ランサー、上手くやっているようだな。アーチャーの髪に一輪の花を咲かせるとは、いやはやまったくもってロマンチストだ。しかしクランの猛犬にしてはいささかロマンチストすぎはしないか? おまえなら胸の谷間に挿すくらいはやるものかと……」
そんなロマンの欠片もない主人から能面で言われたが、いつもよりは堪えなかったそうだ。
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