「いやはや、これはこれは」
侍の第一声にアーチャーは眉間に皺を寄せた。するとそれがおかしかったのか、小次郎はくつくつと笑う。手をひらひらとひるがえして、
「そう気を悪くしないでもらいたい。褒め言葉として言っているのだ、喜びこそすれ怒ることはないであろう?」
「……褒められて喜ぶほど素直でもまっすぐでもないものでね。ねじくれているのだよ、生憎と」
「そうかな? 私にはそうは見えんが」
その言葉にアーチャーは何事か返そうとしたが、結局は押し黙ってしまった。その格好は色鮮やかな着物だ。
無言のままで石段に腰を下ろすと小次郎はおかしそうに問いかける。せっかくの晴れ着だ、汚してしまってもかまわないのか?と。
「あの魔女とて私がおとなしくこれを着ているとは思わないだろう。多少の汚れごとき、大目に見てもらえるはずだ」
「さてどうかな? あの女狐は服装については並々ならぬこだわりがあるぞ? 少しの汚れでも大目玉を喰らうかもしれん」
「…………」
アーチャーはしばらく黙ると、隣の小次郎に向かって小首をかしげた。
「……君が助けてくれるだろう?」
「うむ?」
「魔女の恐ろしさを知っている君なら彼女への対抗策も知っているだろう。なら、私を助けてはくれないか」
「うむ……」
今度は小次郎が黙る番だった。顎に手を当て、何やら考えている仕草だったが。


「――――ははは! 弓兵よ、女性の身になって少しは図々しさを得たようだ! よしよし、考えておこう、だがそう期待はせんでくれよ?」
「いや、信じているよ。君ならきっと私を助けてくれると」
「そのような甘い声で頼まれては断れんではないか。わかっていてやっているのか?」
「さて、どうだろう?」
アーチャーは笑う。小次郎もその顔を見て、笑った。
さやさやと夜風が草を揺らす音。……く、と声が転がった。


「まったく!」
高く弾んで、それに続き落ちていく声。
小次郎は決してアーチャーには触れずに、しかし妙に親しげなまなざしでその全身を眺め回した。一見すると無粋な行為であったが何故だか彼が行えば、類い稀なる雅な行為として目に映っただろう。
残念ながらそれを見るのはアーチャーひとりしかいなかったのだが。
「まったく、面の皮が厚くなったものだ。あの女狐は純粋な乙女を好むぞ、そのように世間ずれしたとあってはさすがに嘆こう」
「だから、君が助けてくれればいいのだよ。間に立って私の味方をしてくれる、それだけでいい」
「簡単に言ってくれるな、弓兵よ」
小次郎は腕組みをしてつぶやく。それがいかほど困難なことか知っていての言か?
アーチャーも小次郎には決して触れない、けれど交わすその声音にはめったに見られないような柔らかなものがある。
鋼色の瞳。頑なな色がふわりと月の光のように緩んで石段を映す。
「知っているさ。けれど、私と君の仲ではないか」
「いやいや。そのように言われては無理なことといえ、張り切らざるをえんだろう」
「期待しているよ」
……アーチャーは。
軽く、目を閉じて石段から立ち上がった。
小次郎がその動きを追うように見上げる。
もう、帰るのか――――言いかけた先で、アーチャーがぐ、と大きく伸びをした。
華美な晴れ着姿にはらしくない、あからさまで大雑把な行動に小次郎の目がわずかに丸くなる。
アーチャーが何度か繰り返して伸びをするたびに、小次郎の目もつられたように瞬いた。
「もう帰るのか、などとは言わないでくれるかな」
アーチャーが最後の伸びを終えて、小次郎を見下ろす。浮かんだ表情、それは――――すっきりとした、笑みだった。
「君ともう少し話していたい。いいだろう?」
月が輝く。
小次郎はひとつ、瞬いて――――


「もちろんだとも!」


彼ら彼女らはそれぞれに仲睦まじく。
夜の語り合いを、したそうだ。


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