「へえ、これがニホンの“オマツリ”ね?」
辺りに屋台がずらりと立ち並んだ中、アーチャーの手を握りいささか興奮気味に言ったのはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。
私立穂群原学園、季節は秋。この学園も他の学園にもれず文化祭が執り行われ、イリヤとアーチャーは士郎たちに呼ばれ父兄参加として足を運んだのだった。
「ふうん、あれはふわふわの雲みたい……あ、あれは林檎ね? 飴でコーティングしてあるのかしら、きらきら光ってて綺麗! ねえアーチャー、」
「うん?」
屋台を見回していたイリヤの姿にセイバーを重ね見していたアーチャーはどこか慌てたように言葉を返す。するとイリヤはきょとん、として、それからぱあっと可愛らしい笑みをその顔に浮かべた。変なアーチャー、言いながら彼女は楽しそうに笑っていた。
「わたし初めて見る物がいっぱいで目移りしちゃいそう! ねえアーチャー、そんなわたしをエスコートしてくれるでしょう?」
「…………、」
ねえアーチャー!
繰り返すイリヤの顔を、アーチャーは見て。
「もちろんだとも」
そう言うと、小さくて白い彼女の手を引いて、校内へと足を向けたのだった。
“3-2 お化け屋敷”
“2-4 メイド喫茶”
“裁縫同好会 ぬいぐるみの展示”
「ぬいぐるみ!」
壁に貼られたポスターを指差してイリヤが叫ぶ。わいわいと人々でごった返す校内で、イリヤとアーチャーは万が一にもはぐれないようしっかりと手を繋いでいた。
大好きな、城にもたくさん所有しているぬいぐるみの展示会とやらにイリヤはご執心の様子で、じっとそのポスターの前から動かない。
ねだることも忘れてしまったらしい彼女に、こっそりとアーチャーは言った。
「見に行こうか?」
「いいの!?」
「ああ。場所は……どこかな」
「二階の廊下の突き当たりよ。道がやけに入り組んでるから気をつけて」
「え?」
聞き覚えのある声に振り返る。するとそこには、当然ながら学生服――――姿の?
「凛、一体どうしたのだね、その格好は……」
「見ればわかるでしょ、仮装よ仮装。うちのクラス、出し物が仮装喫茶なの。で、」
これってわけよ。
アーチャーのマスター遠坂凛は首をすくめるとあーあ、と乗り気ではない様子を見せた。けれどしっかりその“仮装”とやらは決まっていて、だとすると彼女としては乗り気ではないことはないと思うのだが、アーチャー的に。
「リン、なあにそれ! まるで給仕の格好ね、えっと……メイド、なの?」
「メイド風魔法少女よ。新しいでしょ」
確かに、それは新しい。
「ところでアーチャー、イリヤのエスコート? まるで親子連れにも見えるけど、まあいい方じゃない?」
「むっ」
簡単な、凛の、彼女のいつもの挑発。それにイリヤは軽々と乗ってしまい頬をふくらませる。そうして、
「取り消してリン。わたしとアーチャーは親子連れなんかじゃないわ、わたしちゃんとしたレディなのよ」
「あらそうでしたの? 失礼いたしましたわ、お嬢さま」
「凛……」
アーチャーは眉間に皺を寄せてため息をついた。一触即発、その雰囲気を何とか霧散させようとする。
「凛、どうした君らしくもない。平静を欠くとは遠坂らしくないのではないのかね?」
「そうかしら。わたし、平静を欠いてなんていないけど」
「欠いていると思うが……」
「あ!」
主従の会話に、ふと割り込む少女の叫び。思わず下に視線を落とした彼ら彼女らに少女はにんまり、とチェシャ猫の顔をして、
「リン、焼きもち妬いてるのね!」
「――――はあ!?」
「アーチャーとわたしがあまりに仲がいいものだから。だから嫉妬してるんでしょう、ふふん、とんだ淑女もいたものね」
「嫉妬ですって!?」
「イリヤ、やめないか……」
「嫉妬なんてしてないわよ、いーい!」
メイド風魔法少女、は。
その胸元を平手で押さえると、身をぐいと逸らせて言った。自信満々に、とても、すこぶるに、彼女らしく。
「アーチャーはわたしのものよ! だから嫉妬なんてする必要ないの、ええ、そうですとも!」
「……はあ!?」
ぴきり、と。
ふたりの間の空気が、目に見えて凍った。
ゴーファイトゴーファイト、どこかでゴングの鳴った音がする。カアアン、とこう、景気良く。
「なに言ってるの! アーチャーは……シロウはわたしだけのシロウよ! リンのものなんかじゃないんだから!」
「ふん、そっちこそなに言ってるの、よ。アーチャーはわたしのアーチャーなの。どこからどこまで、隅々までだって他人にあげられるところなんてない。わたしの、わたしだけのアーチャーなのよ!」
「ちがうちがうちがーうっ! 絶対、そんなのちがうんだからーっ!!」
不意に始まってしまった真剣勝負に、ぽかんとしたアーチャーは手を出すこともできない。一体彼女たちのどこに火がついたのか。いつそんなことになったのか。というか、自分は誰かのものなのか。
「おい凛、イリヤ……」
とりあえず声はかけてみるが、まったくもって通じない。ある意味ふたりの世界に入ってしまった淑女たちは喧々囂々と、口喧嘩を繰り広げている。
ぽかん、となったアーチャーは完全に取り残された状態だった。
「、…………」
気がつけば周囲に人が集まってきている。だって廊下の真ん中なのだ、そりゃあ集まるってものだろう。
――――おい、あれ遠坂さんだろ?
――――ほんとだ。喧嘩してる……のか?
――――まさかあ。相手、ちっちゃな女の子じゃないか。
いや、今まさに喧嘩中なのだが。あとイリヤが小さいのは外見だけだ。
かといってギャラリーにそれを言ってもどうなるわけでもなく、延々と続きかねない喧嘩にアーチャーが途方に暮れかけたとき。
「おい、遠坂、イリヤ! ふたりともこんなところでなにやってるんだよ!」
救いの手が、不意にアーチャーへと舞い降りた。
「……衛宮、」
士郎か、とアーチャーは渋面でつぶやく。その助け舟はアーチャーにとってはあまり嬉しいものではなかったが、まあ、贅沢は言うまい。
「アーチャー……どういうことなんだこの状況は」
「私が知るか。いいからおまえはさっさと早くどっちかを止めろ」
「って、なんでさ! ……って、しょうがないよなあ……」
この状態じゃ。
士郎は頭をぽりぽりと掻いてつぶやくと、勇敢にもふたりの間に入っていった。
はいはいストップストップー、やめたやめた。
その声にイリヤと凛が反応して喧嘩を一時中止し、そろって士郎を睨みつけたときはアーチャーも思わず彼女たちを応援したくなったが、そんなわけにもいかないだろう。
「離れて離れて、ほら、クールダウン。……理由、話せるだろ?」
「シロウ! リンがわたしからアーチャーを盗ろうとするのよ!」
「はあ!? 違うわよっ、あんたがわたしからアーチャーを奪おうとするんじゃないっ!」
「……へ?」
ぎりぎりぎりぎり。
睨みあうふたりに、先程のアーチャーのようにぽかんとする士郎。え、っと。人差し指が宙にさ迷って、ふらふらとした後、
「……賞品?」
「誰がだ、たわけ」
「だろ、どう見ても」
「いいからリンはどっかに行って! アーチャーはわたしのものなんだからっ! 一緒にぬいぐるみ見に行くんだからっ!」
「こんなわがままなお子様のエスコート役じゃ大変ね! それと、アーチャーはわたしのものですから!」
再びヒートアップするふたりに、士郎はやはり先程のアーチャーのように途方に暮れた顔をする。
「あーあ、どうすんだよこれ……」
「だから、私が知るか……」
途方に暮れるふたりのエミヤ。
けれど“エミヤシロウ”より“衛宮士郎”の方が順応力が高かったらしく、淑女たちの口喧嘩に再び割って入る根性を見せる。
アーチャーにはそれがなかった。何故、自分のことで彼女たちが喧嘩を始めてしまったのか、まったくわからない。
なので、士郎に対処を任せるしかないのであった。
「遠坂、イリヤ、やめろって。周りのみんなが見てるだろ」
「なによ士郎、口出しする気!」
「そうよシロウ、口出しする気なの!」
「いや……口出しっていうか……」
「それとも、」
そのとき、ずい、とイリヤが身を乗りだし、とんでもないことを可愛らしい声で言い放ったのだった。
「シロウもアーチャー狙いなの!」
「…………え?」
「…………え?」
「え、 、」
ええええええ!
そんな勢いでお互い自分の顔を指して叫んだエミヤーズに、イリヤと凛の追及が迫る。
「そう、シロウもアーチャー狙いなのね。なら加減はできないわ、覚悟はいい?」
「衛宮くん……そうだったのね」
「いやどうなったんだ!?」
まさにアーチャーの心境もそれだ。一体何がどうなってこうなったのか。わからない。わからないわからないわからない。
「落ち着け、落ち着けってイリヤに遠坂! 俺はそんな、敵とか味方とかじゃなくてだな、」
「言い訳は無用よシロウ! それともシロウはアーチャーのこと、好きでもなんでもないって言うの!」
「――――え」
え、じゃなくて。
隣で不意に予測しない言葉が漏れて、アーチャーは目を見張る。今なんと言ったのだこの衛宮士郎は。
「いや、ちょっと待て! ちょっと待てふたりとも!」
「違うって言うの、ならどうして顔が赤いのシロウ!?」
「ええ衛宮くん、わたしにも見えるわ、あなたの顔が赤く、ね。……どうしてやろうかしら」
「反論するならきちんとしろ衛宮士郎!」
「え……だって、いや、なあ、」
「なにが“なあ”か!」
周りのギャラリーはますます集まり寄ってきて、四人のすったもんだはちょっとしたアトラクションのようだった。違う、けれど違う、これはただの口喧嘩であって痴話喧嘩などではない。などではないのだ!
「アーチャーはわたしのよ!」
「いいえ、わたしのアーチャーよ!」
「え……ええええ?」
もうこの混乱を収めることはできないのか。
そう、アーチャーが思いかけたそのとき。
「――――何をしている」
そこに現れたのは、ダークグリーンのスーツを着て眼鏡をかけた、どうやら教師のようだった。アーチャーの記憶は虚ろだったが、名前は覚えている。そう、確か、
「葛木先生」
「遠坂に衛宮、それに……見知らぬ子供がひとりか。害はないようだが校内でこのように騒ぎを起こされては、対処しないわけにも行くまい」
すると葛木はアーチャーの方を見て眼鏡の奥の目を眇めた。ただの教師ではないような迫力に、つい後ずさってしまったアーチャーへと。
「見たところ、騒動の原因はあなたのようだ。済まないが私と一緒に来ていただけるだろうか」
「え?」
「え?」
「え?」
「……え?」
アーチャーの脳内が一気にクエスチョンマークに塗りつぶされる。一緒に?来ていただこうか?一体どうしてそういう話になった。
いや、まあ騒動の原因はアーチャーであるのは正解だ。だとしたらその根源を連れ去ることで事態は一応の収束を見る、のか?
「こちらです。混んでいますから迷わないように、気をつけて」
「あ、ああ……」
アーチャーは葛木の言葉に引かれ、廊下を歩き始める。背後に取り残された三人の気配、それとギャラリーたち。
どこか慣れずに葛木の後を追うアーチャーに葛木は振り返り、淡々とした声音で、
「生徒会室が近くにあります。そこで少し、彼らの頭が冷えるまでじっとしているといい」
「そう、ですね……」
「鍵は私の教え子が持っていますが、必要があれば貸し出しも厭わない。きっと協力してくれるはずです」
「わかり、ました」
生徒会室に隔離されるということか。それならまだ事情は飲み込める。
イリヤと凛とついでに士郎のことも心配は心配だったが、少しの間放っておけば目も覚めるだろう。
きっと自分が云々などと、とんでもないことを言いださないはずだ。
心の中でため息をつくと、アーチャーは目の前の背中を追うことに集中した。
その後。
生徒会室でしばらく葛木とふたりきりだったアーチャーは少し面食らったが、その間の沈黙は決して居心地の悪いものではなかった。
back.