「本当に、嘘みたいなお話ね」
でも真実なんでしょう?
そう言って冬の聖女にそっくり似せた姿のホムンクルスは、背後の気配に微笑みを向けた。その微笑みは温かく、肌の色も髪の色も白いというのに彼女のまとう雰囲気はとても柔らかいものだった。
彼はそれに安心して、ただ無言で一度、軽くだが確かにうなずいてみせたのだった。


――――英霊エミヤ。
かつて“衛宮士郎”だった少年が英雄となり、英霊となった存在。
第四次聖杯戦争に向けてセイバーを呼びだそうとしていた衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンが召喚したのは、過去……いや、未来に存在する彼ら彼女らの義理ではあったが、息子だったのだ。
「アイリスフィール、……マスター。そんなところにそんな格好でいては、風邪を引く」
窓辺に立つアイリスフィールにかけられた声。低く平坦なそれに彼女は振り返ると、ありがとうアーチャー、と言って笑ってみせた。
「心配してくれてありがとう、優しい子ね。でも、わたし結構丈夫なのよ? こう見えて」
「けれど心配しすぎて悪いことはない。ほら」
肩にかけられた上着に、アイリスフィールが目を細める。そのまま引こうとした褐色の指先に、アイリスフィールの白く細い指先が伸ばされた。
そうして触れられたことでエミヤ……アーチャーは動きを止めた。どこかぎこちなくその動作は見え、アイリスフィールはふふ、と唇をわずかに吊り上げる。
「あなたに触れていたいわ。駄目?」
「……マスターが望むのならば」
そんな言い方ずるい。
まるで一児の母らしくない口調でアイリスフィールは駄々をこねる。愛らしく、まるで少女のように。
アーチャーはそんなアイリスフィールの振る舞いに目に見えて困ってしまっていて、それが彼女の目には可愛らしく映るのか、アイリスフィールはまた声を上げて笑った。
「アイリ」
するとそこに、ドアを開けてひとりの男が入ってきた。無精髭にくたびれたコート、口にはよれた煙草を咥えている。
「切嗣」
アイリスフィールが男の名を呼ぶと、アーチャーの様子がさらに困ったものになった。男――――衛宮切嗣はそれをおかしそうに笑う。
「やあ、アーチャー。ただいま」
おかえり。
とてもではないがそんな風には返せなくて、アーチャーはただ一度、軽くうなずく。
「無事で何よりだ、マスター」
「マスター……か。その呼び方にはどうも慣れないよ」
「慣れなくても慣れてもらわなければならない。私はあなたたちの召喚したサーヴァントであり、あなたたちはマスターだ。それなら、」
「しっ」
そこに、アイリスフィールが声を滑り込ませる。
戸惑った風に顔を上げた彼に笑いかけ、アイリスフィールは唇の前に立てた人差し指をそっと下ろした。切嗣もまた、アイリスフィールと同じように笑っている。
「たまには、ね。いいじゃない、わたしたち、親子だもの」
「……私はあなたたちの義理の血縁でしかない、マスター。確かに息子であったときもあった、けれど」
「それなら息子でもいいじゃないか、アーチャー。だろう?」
重ねて言われ、アーチャーは眉間に皺を寄せると、鋼色の目を細めた。
アーチャー、そのクラスには似合わない、“剣製の英霊”であるがゆえの鋼色の目を。


衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンは事あるごとにアーチャーを息子として扱いたがった。彼がどんなに否定したとしても、何度でも、幾度でも繰り返して。
『マスター、あなたたちには実の息女がいるだろう。何も、人としてでも存在していない私を息子扱いする必要はない』
アーチャーはそう言ったが、ふたりはただ微笑むのみで、否定はやんわりとまた否定されて。
あなたは、君は僕たちの息子だとふたりが繰り返すたびアーチャーは居心地の悪そうな複雑な表情を見せた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。それが切嗣とアイリスフィールの娘の名で、アイリスフィールによく似たとても愛らしい少女だった。
『イリヤ、って呼んであげて。それがこの子の愛称よ』
育成段階のときに体をいじられ、成長に破綻をきたした姉である彼女の小さな手をアーチャーはおそるおそる握り、そして、そっと一度だけ“イリヤ”と呼んだ。
褐色の、節くれだった指先を握ってきた小さな手。
それに何か心打たれたように、アーチャーはしばらくその傍を離れなかったのだった。
「ねえ、アーチャー。わたしたちずっと一緒にいれるといいわね」
窓辺に立ってささやくアイリスフィールにわずかな間黙って、アーチャーは答える。
「聖杯戦争は一ヶ月足らずの戦いだ。それを終えれば、私は再び座へと戻るほかない」
「そうよね、わかってる。でもね、思うのよ」
あなたとずっと一緒にいたいって。
あなたと、切嗣と、イリヤと、そしてわたしと。
「一緒にいたいわ」
だって、家族なんだもの。
アイリスフィールは言って、せつなげな笑みを見せる。アーチャーは答えない。切嗣はドアの付近に立ち武器の手入れをしている。
アーチャーはアイリスフィールを透過するように窓辺に視線を投げて、ちらちらと舞い降りてくる雪を眺める。
だが、その目に雪は映ってはいない。映っているのは、もっと、他の、もっと。
「今日は少しだけ寒いのね」
さすがに風邪を引きそうだわ、と言ったアイリスフィールに、アーチャーは窓辺から視線を戻して部屋の隅にあるブランケットを手にしに行く。
第四次聖杯戦争開始まで、あとわずか。
残された時間を、大まかな結末を知っていたから、せめて。


――――せめてその残された時間だけはと、彼らと彼女らは。




back.