いいわね、アーチャー。あなただから任せるの。そうじゃなければ任せないわ、ええ、他の誰にもね。
「――――次の便でか?」
「そうなるな。……搭乗時間まで少し待ち時間がある。どこかカフェででも休んでいくか」
「おまえが望むなら、な」
私はそんなにやわではないが。
「そう、君が私を気遣ってくれるのなら素直に甘えるとしようかランサー」
「了解ってなもんだ。今回のオレはおまえの護衛役だからな。いつも以上におまえを気遣ってやるに決まってる」
話は少し前に遠ざかる。
衛宮士郎と共にロンドンに旅立ち、魔術の勉強に励む凛の元にとある魔術師との談合の話が舞い込んできた。彼らはわざわざ“遠坂”を指名してきて、凛は最初その話に乗るつもりだった、のだが。
『その話は危険だ、凛。やめておいた方がいい』
そう言いだしたアーチャーに凛は紅茶を飲みながら振り返り、首をかしげてふと笑い。
『あんたお得意の直感ってやつかしら? でもねアーチャー、この話はわたしにとって得な話なのよ。少しの危険くらいじゃ見切れないくらい』
『少しの危険くらいではないから言っている。……凛、私がお願いだからと言っても?』
『そんなあんたはとってもレアね。思わず“お願い”を聞いてあげたくなっちゃうけど無理だわ。奴らとの談合は避けて通れない』
そう、断固として意見を変えようとしない凛にやや考える様子を見せ、アーチャーは――――
『それなら私が代わりに行こう。“遠坂”の代わりとして』
凛は丸く目を見開いた。ぱちぱちぱち、と長い睫毛に彩られた翡翠色の瞳がまばたく。しばらく沈黙を呑んで、それから凛は。
『アーチャー……あんた、それ本気で言ってるの?』
『ああ、本気だとも。君が任せてくれるのなら、私が彼らの元へ行き、君の代わりに話をつけてくる』
昔と違ってくくられていない髪がさらりと流れる。
何か考え込むような様子を見せながら、凛は。
「それにしても嬢ちゃんと来たら、最後までオレにおまえを守らせるのを渋ってたな。失礼なこった」
「そうかな? 普段の君の振る舞いを見れば、そうひどい話でもないと思うが」
「……ひでえな」
飛行機の中、彼と彼は会話する。サービスのジュースを飲んで、ランサーはそれにしても、と舌を鳴らす。
「そいつらってのはそんなにヤバそうな連中なのかい。まあ……おまえがわかるくらいだ。まるっきり怪しい奴らなんだろうが」
「凛も言っていたがね。まずそうな相手なのはわかっている、と。けれどそれでも赴かなければならない理由が彼女にはあったらしい。それが何かは私も聞かずじまいだが――――まあ、何。知らずとも代理はできる」
窓の外を見ながらアーチャーがつぶやいた。雲の上、窓の外には青い空が広がっている。
「それよりも」
不意にこぼしたアーチャーに、ランサーがうん?と返事を返す。それに視線を返さぬままアーチャーは、
「今回、君は私が大丈夫だというのに無理矢理ついてきた。だから条件をひとつ課させてもらおう」
「……条件?」
「ああ。私に傷ひとつでもつけたらそこですぐさま私は君を護衛から切る。クビにする、ということだな」
ランサーは。
ぱちぱちぱち、といつかの凛のようにまばたきを数度繰り返して、
「傷ひとつでか?」
「そうだ」
「かすり傷ひとつでも?」
「そうだと言っているのだがね」
「ちょっと前は甘えてたくせに、なんだ。いきなり機嫌でも損ねたか?」
「そうではないよ。ただ、こういうことをなあなあにしたくないだけだ」
契約というものはしっかりとしておかないと。
言ってアーチャーは手の指を組む。
「契約とは信頼関係から基づくものだ。そこがぐらついていては、友好な関係を築くこともままならない」
「元からおまえとオレとはイイ仲じゃねえか」
「茶化すな。……で?」
返事は?
ランサーは一瞬だけ黙ると。
「オレを侮るなよ、アーチャー」
そう言って、犬歯を見せて笑ってみせた、のだった。
「走れ!」
言ってランサーは己の両腕を広げたいっぱいにありそうな重厚な机を蹴り上げる。サーヴァントの脚力でそれはあっけなくばね仕掛けのように跳ね上がり、襲い来るガンドのシャワーを防ぎきる。
もっともそれはルーンの加護があってのことで、普通の机であれば触れた直後にもう駄目になってしまっているだろう。
一方ランサーの声と同時に走りだしたアーチャーは、素早くドアを開けて廊下に出た。すると廊下には幾人もの黒服たちがいて、思わず酷薄に笑ってしまう。
「まったく、寸分違わず予想通りとはね……!」
談合の相手はアーチャーの予想通り、裏を持った連中だった。始まりの御三家、“遠坂”の情報を盗もうと凛に目をつけたのだ。
もちろんそんなもの簡単に手には入らない。だが、か弱いひとりの少女である凛だけが相手ならなんとか、と踏んだのだろう。
「ったくまあ、雁首そろえてうじゃうじゃと!」
鬱陶しいったらねえな、と勢いよく部屋から飛びだしてきたランサーはアーチャーの隣に立って黒服どもの群れを笑う。まったくだ、とアーチャーもそれに同意した。
「嬢ちゃんを連れてこなくて正解だったってわけだ」
「私が同伴で凛がここに来ていたとしても、私は今の事態を後悔していたと思うよ――――っと!」
黒服のひとりが魔術礼装に魔力を通しその鈍い刀身を発光させる。それにいち早く気づいたアーチャーは視線を鋭くすると、手中に対の剣を呼びだそうとするが。
「! ランサー!」
「いいからここはオレに任せときな!」
高々と蹴り上げた足で魔術礼装を弾き飛ばし、ついでに黒服も弾き飛ばすとランサーはアーチャーの前に立った。
「こういうことはなあなあにしたくねえ。……んだろ?」
そう言うとランサーは締めていたネクタイを外しそれを投げ捨て、獰猛に笑うと黒服たちに向かって手招きをしてみせた、のだった。
「ほら、来いよ。オレのボスの目の前で、二度と立ち上がる気も起きなくなるくらいボコボコにしてやらあ」
「……大丈夫か?」
「に、決まってんだろ。オレがおまえの目の前で、無様な姿をさらすと思ってんのかね」
黒服たちをすべて打ち倒して、談合場所のホテルを後にして。
アーチャーとランサーは手にしていたトランクの中味を確かめると、今度は次に自分たちの体の安否を確かめあった。
「そんでおまえは……ん。どこにも傷はねえな、安心した」
クビにされちゃたまんねえからな。
ランサーはそう言ってアーチャーの頬を撫でると、静かにその手を下へとおろした。
アーチャーはそんなランサーの顔を黙って見て、
「――――」
赤い瞳が丸く見開かれる。
軽く合わせるだけで離れていった唇を信じられないもののように見て、おまえ、と、ランサーは心底意外なように、そう言った。
「なんで、……な?」
「……よく働いた者には褒美が必要だろう?」
そうして、笑う、アーチャーの顔も、心底意外なような顔で、見て。
「契約に対しての対価だ。こんなもので済まないがな」
「…………」
ランサーは、一種呆然としたような顔でアーチャーを見つめると。
「――――とんでもねえ!」
そう言って、アーチャーを抱きしめたのだった。
「嬢ちゃんに感謝しねえとなあ」
「この騒動は彼女が持ち込んできたものだぞ?」
「だってよ、そのおかげでおまえからキス、」
「……黙りたまえ!」
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