「いや、そう拗ねないでくれ。他意はなかったのだよ」


なだめる言葉を口にしながらその口角は和らいでいる。剣の面に見映える鋼色の瞳の奥にも、柔らかいものが確かにあった。
「拗ねてねえよ。……でもよ、あんときのおまえの対応はあんまり喜べるもんでもなかったろ?」
それが十二分にわかっているからなのか、責める口調にも本気の強さはない。後頭部を掻きそのままつるりと顎を撫でる動きで、右耳のピアスを弾き、男―――――ランサーは笑う。
「だからそれは悪かったと言っているだろう? 私はそこまで君の心にダメージを負わせてしまっただろうか?」
「ばぁーか。んなわけあるか、阿呆。オレがそんなにヤワな奴に見えるかっての。大体が心に傷だなんだのってのはおまえの得意技だろうが」
「……別に、得意技ではないのだがな」
「ふん、ぬかせ」
大事な大事なオレの壊れ物、と揶揄する軽さでランサーは言って、むっと眉を寄せた男―――――アーチャーの眉間にできた皺に触れた。ぐいぐいとそれを伸ばして消し去るように何度か触れてから指を引く。
当然不満そうに引いていく指先を追ったアーチャーの視線に噴きだしてけたけたと楽しげに笑った。
楽しいのだろう。好きだから、からかうことも大事にすることも一緒だ。触れていればいつまでだって楽しくいられる。
だけれど。
「永遠じゃないもんも世にはある。たとえばオレたちだ。……戦争が終わって、平和が来て、だがそれは永遠じゃねえ」
とうに死んだ身のオレたちにとってはな、とランサーは言った。
穿って聞けば未練を感じるかもしれなかった言い草だが、彼にとってそれはない。
「……だから?」
永遠が欲しくなったと?
椅子に座った格好で膝に両肘をついてアーチャーが言う。ランサーはアーチャーをじっと見て、なんでもないことのように。
「んなわけあるかよ」
アーチャーはわずかに目を丸くする。続けて何度かぱちぱち、とまばたきをした。そうして、
「―――――は」
漏れた呼気。組んだ指の先がそっと擦れあう。
浮かんだのは、どうしようもなく笑顔だった。
「だろうな……」
落とされた言葉は静かで、それでもランサーの耳を深く打ってやまなかった。ランサーもにっかりといつも通りの笑顔を浮かべて、
「おうよ」
短く、返事をした。


ちく、たく、ちく、たく、ちく、と古い時計の針が動く音が訪れた沈黙の上に響き渡る。
「それで? トイカメラやポラロイドで自力ではなく、何故本格的にこのような?」
「調べてみたらそういうのも楽しそうだったんだがな。……気が向いた」
「気が?」
「ちゃんとしたものを、一枚だけでも残しておこうかとな」
思った。
ランサーは付け足す。アーチャーは相槌を打って、カーテンの奥に目をやる。今日は風もない穏やかな日だ。モスグリーンのカーテンは室内であり、また奥まった場所にあることもあってか、窓を開けてあってもふわりとも揺れなかった。
どこか停滞を感じる室内で、時計の針が進む音とぽつぽつと交わされる会話が変化をその場にもたらす。
「座には持って帰れねえだろうけど、いいんだ」
ここにあることが大事なのだと、ランサーはまたも付け足すように言った。
「……ロマンチストめいた言い方だな、君の言い方は」
「おうよ。オレをそうじゃないと思ってるなら今すぐ認識を変えた方がいいぜ? オレぁ、結構な浪漫主義者だからな」
「改めておくよ」
「ま、おまえには負けるかもしれねえがな」
「! ―――――それは、どういうことかな」
「まさか気がついていねえとでもいうなよ? おまえはオレが知ってる奴の中でも群を抜いての……」
じゃれあいのような言いあいが少々不穏になったところで、カーテンの向こうからぬっと老人の上半身がつきだした。
白い髭をたくわえた老人は人の良さそうな笑顔をふたりに向けこいこいと手招きをしてみせる。
「撮影の用意ができました。準備はよろしいですかな?」
しん、と沈黙。その中でちくたくとのんびり、しかし雄弁に時計の針が時を語る。
「…………いいのか、私はここで帰っても?」
「まさか」
せっかくここまで来てと笑い、ランサーはまたも眉間に皺を寄せたアーチャーの肩を掴む。揉みこむようにしてそれからばしばしと二度叩くと「さあ」と快活に告げた。
「―――――半分拝み倒して連れてきたようなもんだ。こんなチャンスそうそうあるもんじゃねえからな。爺さん、しっかり撮ってくれよ!」
白髪の老人は笑顔で小さくうなずき、ランサーに促されて照れくさそうに立ち上がったアーチャーと、満面の笑みを浮かべたランサーをカーテンの奥へと誘った。


とある館。
そこには数年前から誰もおらず、自然と時は停滞している。
双子館と呼ばれた頃もあった。けれども今、その名称を知る者はいない。光差し込む一室には床にも調度品にもうっすらと埃が積もり、きらきらと輝きを見せていた。
その中で傾いた写真立てにはふたりの人影。
長く伸ばした髪をまとめた笑顔の男性と、その男性の隣にもうひとりの男性が映る写真はセピア色で、この館には相応しいものだった。
訪れる者はいない館。だが、そこには写真がある。
確かにあったものとして、未だ朽ちずに写真はそこに生き続けるのだ―――――。




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