「エミヤ」
その真名を呼ばわれ、彼女は振り向く。するとそこには淡く微笑みを浮かべる金髪の王の姿があった。
「アーサー」
アーサー王――――アーサーは静かな歩みでエミヤに近づいてくると、寸前でその前に跪く。エミヤが戸惑いの様子を見せると顔を上げにこりと今度は悪戯が成功した子供のように笑い、どうした?とたずねてくる。
「……考えても仕方のないことなのかもしれないが、私がこの世に喚ばれた理由を考えていたよ。君なら簡単に答えを出してしまうかもしれないが……」
「なんだ、そんなことか」
矮躯の少女に向かって黄金の王は笑い、エミヤの手を取ると彼女が反応する前にくちづけた。
「――――」
「私に会うために決まっているだろう?」
まったく。
この王と来たら、天然でこうなのだから性質が悪い。


エミヤは英雄であり、英霊である。本来は聖杯戦争という単一の戦いのためだけに喚びだされる存在であるが、今回何故だかアーサーの統治するブリテンに召喚されてしまったのだ。
初めは戸惑った。何しろまったく覚えがない。かつてエミヤが衛宮、という姓を持ったひとりの人間の少女だったとき、セイバーというクラスでアーサーが召喚され共に戦った記憶はあるもののそれだけだ。彼女と彼の出会いは一度きりであり、二度はない。
はずだった。
「それにしても未来で私とエミヤが出会うとはな。運命とは数奇なものだ。……エミヤ?」
「何だろうか」
「そのとき、私と君は恋仲に?」
「セイバー!」
はっ。
しまった、とエミヤは思う。“セイバー”としてのアーサーとあまりにも深い絆で結ばれたエミヤは、どうしても動揺したりすると彼のことをセイバー、とそのときの名で呼んでしまう。
今はブリテンを治める王なのだ、アーサーという名で呼ばなければならないので日々自分を律しているが、ひとたび動揺すればこれだ。
「……そう、からかってもらっては困る。君はどうも私を玩具として見ているところがないか? 一国の王がそんなことでは――――」
「エミヤ」
そう。
今までとは違った風にささやかれて、エミヤは思わず言葉を呑んだ。自らを見つめる翡翠色の瞳に思わずくらりとする。
そうだ!彼は!“以前”から!こうだったではないか!
「私が君を玩具だと? 悲しいな、そんな風に思われていたとは。こんなにも私は君のことを……」
「アーサー、やめてくれ……」
頼むから。
「ん?」
下を向いてしまったエミヤに、アーサーは不思議そうな声を出して。
それから、本当に楽しそうな笑い声を上げたのだった。


「君は、時たま王でないように見えるときがあるよ」
「そうか。それは困ったな」
「困っている言い方ではないだろう……」
「困っているさ。だって、そんなことではエミヤに愛想をつかされてしまうだろう?」
「……私が、君に」
「うん?」
「な、なんでもない!」
王としての執務があるというのに、アーサーは近頃エミヤにつきっきりだ。
そうしているとまるで“以前”のことを思いだしてしまい、エミヤとしては何だか変な気持ちになる。
『セイバー』
気障なくせに天然で、王様らしくなんてなくて。
召喚が不完全だったせいか魔力をエミヤから送ることができなくて、食事と睡眠で保っていたおかしな英霊。
エミヤの作る料理を美味しい美味しいと喜んで、おかわりと何度も茶碗を突きだした。
「……ふふ」
「エミヤ? どうした」
「なんでもない」
ここに来てから、エミヤはアーサーに料理を作ったことなんてない。言ってくれるだろうか?もしも作ったとしたら。
あの笑顔で、
『美味しいよ、――――』
「…………」
はっ、と我に返った。夢を。
未来の、とても幸せな夢を見ていた。
「いけないな。ここ数日戦がないものだから、少し緩んでいた」
「エミヤ。君は剣を執るけれど、本当はそんなことをしなくとも――――」
「いいんだ」
エミヤはアーサーを見ると、はっきりとそう、答えた。
彼の持っていた誇り。
その誇りと同じ誇りを、その体に湛えて。
「私は君の、剣でありたい」
それはかつて、“セイバー”がエミヤに言ってくれた。


アーサーは少しだけ神妙な顔つきでエミヤを見ていたが、すぐにその顔に微笑みを浮かべると軽くうなずいた。
「ああ。ありがとう、エミヤ」
彼と笑いあえる日。
それが、少しでも長く続くことをエミヤは望んでやまなかった。




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