だから自分が好きなのだと、言ってしまえばいいのに。
意識した途端きしきしと日常生活に支障をきたし始めたあの男は、本当に馬鹿だと思う。その馬鹿さ加減が愛おしいのだが、それにより触れることも叶わないのは望むところではない。確かに自分はあの男を好きだけれど、あの男だって自分のことを好いていると思うのは、きっと間違ってはいない。


ランサーは卓袱台を滑ってきた灰皿をキャッチして「サンキュな」と礼を言う。短くはあったがきちんとした礼で、だからそれに相手がちゃんと返事しないのはおかしい。
きしきしと日常生活を侵食し始める彼の挙動。自分のように好きなら好きだと認めるだけでいいのに、一体どうしてできないのだろうか。だがそう言えば彼はさらに日常に支障をきたす。そうであろうことは予測がついていた。
「…………」
で、あるからランサーは無言で紫煙をくゆらせ、テレビに視線をやるふりをする。
本当は彼を―――――アーチャーを見ているし―――――テレビの内容など流し見なのだが。
テレビが映しだすのはバラエティ。騒がしい歓声も効果音も耳を素通りしていく。
「なあ、アーチャー……」
「な、何かね?」
残念、声が上擦った。
何でもないように振る舞おうとしたのだろうが駄目だった。そういう、アーチャーの変に詰めが甘いところがランサーは好きだ。ふむ、とランサーは思考する。見逃してやろうかと思ったのだが、今のはちょっと可愛すぎた。
「ラ、ンサー……?」
テレビを消さないままにアーチャーへと向き直る。首をすくめて、どこか怯えたような様にそそられ手を伸ばした。そのまま褐色の頬に手を当てる。その顔はうっすらと赤味を帯びていて、だというのに剣のように冷たかった。そのまま抱きすくめて暖めてやりたいと思うくらいには。
「ランサー、その、何を」
何を。答えてやるべきだろうか。しかしその時間が惜しい。
片手を添えて至近距離まで顔を寄せる。ずるずる畳の上を膝で這って。
「……ランサー、」
吐息のような名の呼び方が卑怯だと思った。
「ん」
思った、途端にくちづけていた。
バラエティの歓声。脳内ですり替わる。自分たちを祝福するような、だけれどそこには時たま笑い声も混じる。
ああそりゃあおかしいだろうな。だが恋なんて大抵みっともないもんだ。みっともなくて、だけど立派で。
だから祝福しながら一方で笑ってしまうのだろう、とランサーは。
初めから急スピードでは刺激が強い、くちづけは啄ばむだけにした。だけといっても、唇の形はゆっくりと味わって。
その唇が痺れたのか、指先で触っているアーチャーに言ってみた。
「おまえ、オレのこと好きだろう?」
え、とアーチャーは言った気がする。
みるみるうちにその顔が真っ赤になっていき。
「……嫌い、では、」
ない、とやっとのように言うので、おかしくなった。アーチャーにしては及第点だが、なんだかそれでは心許ない。
「好きだろう?」
重ねて言えば、ぐ、と言葉に詰まった。それを見てまたおかしくなる。嫌いではない。ならば好きなのだ。そう思ってしまえばいい。
そう思えば楽になれるだろうに、とちらちら目線を逸らすアーチャーを見て考える。アーチャーの性格からして好きでもない相手にキスなどさせないだろう。そのはずだ。
宗旨替えしたなら別だけどな、ランサーは思ってもう一度繰り返した。
おまえ、オレのこと好きだろう?


ふと、気づいた。
アーチャーが鋼色の瞳を滲ませランサーを見ていることに。


「……君は、意地が悪い」
「何でだ」
「わかっているくせに、人を追い詰めるようなことを、」
「だってそうしないとおまえ、一生だって言わねえじゃねえか」
「少しばかり待ってくれたっていいだろう……!」
「悪いが、オレは気が短いんでね」
「嘘つきめ」
「オレは嘘はつかねえよ」
冗談は言うけどな、と言うとアーチャーは急いたように目を伏せた。
そうして、小声で、早口で言い募る。
「私も、大抵趣味が悪い……!!」
そんな君を好きで仕方がない私は本当に馬鹿だ、と。
いわれて軽い眩暈を覚え、頬にくちづけながら天然ってこええなあ、などとランサーは思っていた。




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