「……ここはどこだ?」
サーヴァント、アーチャーはぼそりとそうつぶやいた。
独りで、独りっきりで。
どうしようもなく独りっきりで、だ。


時間は少し遡る。今日も今日とてアインツベルンのお嬢様、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンに囚われたアーチャーは必死になって彼女の城から逃げだした。
あー!アーチャーったら、どこ行くのー!
そんな声が背中から追ってきたが、何とか逃げおおせた。けれどその先は広大なアインツベルンの森。
アーチャーは。
……アーチャーは、ぶっちゃけて言えば迷子に、なったのだ。
「サーヴァントの身で迷子など……」
ありえない、と半ば呆然としてつぶやいてみせるが事実である。取り消しようもない事実でアーチャーは絶賛迷子中だった。とりあえず、とアーチャーは辺りを見回す。
けれど辺りの気配はイリヤの魔術結界のせいか奇妙にジャミングされていて、上手く辿れない。目隠しをされたような状態だ。
「……とりあえず、」
もう一度、今度は口に出してアーチャーはつぶやく。
「歩いてみるか。留まっていてもどうしようもならん」
だがしかし、彼は知らなかった。
迷子になったときは、その場をむやみやたらに移動してはいけなかったことを。


「う……」
じわじわと、心に疲労が染み込んでいく。どこまで行っても出口はない。おそらくは侵入者及び脱走者を逃がさないように仕掛けられたアインツベルンの結界は精神的にも苦悩を与える効果でもあったのか、アーチャーはらしくなく疲弊していた。
心が削られていく感覚。じわじわと、じわじわと。こころは硝子、そう自称するアーチャーだ。
メンタルは強いようでいてその実は弱かった。
「……くそ、」
らしくなく罵声を吐いてその辺の木にもたれかかる。そのままずるずるとへたり込み、はあ、とアーチャーはため息をついた。
このままだと永遠にここから出られないかもしれない。もしかしてイリヤが探しに来るかも(あまりよくない意味で)しれなかったが、あまり期待はできないだろう。何しろここに張り巡らされているのは彼女が支配する結界。
それにアーチャーが引っかかっているのなら、それはすぐさま彼女に知れているはずだからだ。
そしてイリヤに捕まったとしたら状況はふりだしに戻り、アーチャーは城に連れ戻される。
「…………」
アーチャーはまたため息をついた。途方に暮れて思わず泣きたくなってしまう。いや、そんなこと冗談でもできなかったが。
けれど心は弱音を吐いている。ここから出たい、誰か、と。
――――誰か――――。
そんな者、誰も、いない。
「、」
そのときだ。
「おう、いたいた!」
聞こえたのだ、声が。
誰もいないはずの森に、快活な“誰か”の声が。
アーチャーは素早く顔を上げる。すると、そこには魔槍を担ぐランサーの姿があって。
唖然として何度もまばたきをするが、その姿は消えない。と、すると幻ではないのだ。本当の。
……本当の……!
「アインツベルンの嬢ちゃんにおまえがさらわれたって聞いて、急いで駆けつけて――――」
ランサーはそこまで言いかけて口をつぐんだ。つぐまざるを得なかったのだ。
「…………!」
アーチャーに正面から抱きつかれたランサーは目を白黒させて、その体を抱き返せないでいる。あまりにも突然のことで、思考がついていかないのだろう。
「ア……アーチャー?」
だがそろそろと口を開き、アーチャーの名を呼ぶ。するとアーチャーは掠れた声で、
「済まないが……もう少しだけ、このままで……!」
「…………」
目を白黒させたままぱちくりとしたランサーは。


「お……おう」


そう言って、震えるアーチャーの体を抱き返した、のだった。


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