とある公園、ベンチに座っているアーチャーにジェラートが差しだされた。
「あ、」
顔を上げてみればそこには麗しい美貌、かの英雄ランサーことディルムッド・オディナのかんばせ。彼はにっこりと美しく微笑みながら、自身の手にも同じものをひとつ持って、アーチャーに勧めている。
「よければ。口に合うと良いのだが」
「ああ、うん」
ありがとう。
アーチャーは素直に礼を言って受け取った。真っ赤で同じ色の粒々が入ったそれはおそらくは苺のジェラート。鼻先に近づけてみれば、やはり苺のフレーバーが香る。
それをひとくち、ぱく、と齧って、ディルムッドの視線を横に感じつつアーチャーは、
「……美味しい」
「良かった」
ディルムッドの笑顔は崩れない。きっとどんなことを言われても、されても――――というくらいには彼の美貌は整っていた。やはり、魔貌の能力持ちとなるとこうでなければならないのだろうな、とアーチャーは思った。
アーチャーは何故だかディルムッドを見ても、普通の女子が彼の美貌を見たときに感じる狂おしい恋慕の症状をまったく感じなかった。けれどもまったく意識しないというわけでもない。ただ、ほんのりと温かさのようなものを感じる。
それはアーチャーの中でレッテルを貼れない感情。温もり、としか言いようのない、間違えてしまえばただの温度のようなもの。だが、アーチャーは間違えない。それを感情だと理解出来る。ただ、それが何かと気づかないだけだ。
(……何なんだろう、)
思って、アーチャーはまたひとくちジェラートを齧った。と、褐色の手を伝って溶けたジェラートが袖口に流れ落ちてしまう。
「あ……」
慌ててハンカチを取りだそうとしたアーチャーに、白い四角形が差しだされた。それは甘いムスクの香りがして、折り目正しく畳まれていて。
それが何か、と気づく前に、溶けたジェラートで濡れた肌を拭われていた。そう、それはディルムッドのハンカチだったのだ。
「大丈夫か? 気持ち悪くは、ないだろうか」
「え? あ、いや、大丈夫、だ……」
語尾が消えていく。何故だろう。アーチャーは思う。
「水道で流してきた方がいいかもしれないな」
「ああ、そうか」
その方がいいかもしれない。アーチャーはうなずいて、立ち上がる。すると思わずよろけて、
「あっ、」
「あ!」
ディルムッドの声が聞こえたかと思うと自分とは明らかに違う体温と香りに、包まれて、いたのだった。
「ベタ! ベタね、今時少女漫画でもないわよこんな展開」
「いいじゃないですか、純愛ですっ。ねっ先輩!」
「え? うーん……俺は……よくわからない、かな……」
「ちょっと、逃げるの士郎!?」
「逃げるのは許せないかなあ……食べちゃ」
「いいと思うなあ!? 俺はすごくいいと思う、うん、うん!」
逃げた。明らかに士郎は逃げた、けれど桜は満足したように微笑んでいる。先輩わたしたち同じですね、などと言って。
さて、この高校生トリオだったがアーチャーとディルムッドの会話シーンを覗き見中だった。姉妹曰くデート中ね、とのことだったが、士郎にはそれがよくわからない。
「一緒にベンチに座って、ジェラート食べてるだけじゃないか」
「“だけ”? なに言ってるの士郎、それって立派にデートじゃない」
「そうですよ先輩、立派なデートですっ」
「…………?」
「純愛ですね、いいなあ……憧れちゃうなあ。すごく憧れちゃう……」
桜は両頬を手で包んで、うっとりとつぶやいている。それに何だか胸がどきどきしちゃう、と付け加えて。
「あら、桜も? 実はわたしも何だか変に胸がどきどきしちゃうのよね。一体何かしら」
「ん? 俺はしないけどな」
「……士郎の」
「鈍感、ですね……」
「なんでさっ!?」
それはディルムッドの魔貌の効果のせいだったが多少なりとも魔力に関して耐性のある彼女たちだ、激的な効果はそうもたらさなかったのだ。あと、隣に士郎がいるせいで。それってなんでさ?という感じだが、本命が隣にいるからだと言っておこう。
「あ……済まない」
「大丈夫だ。そちらこそ大丈夫だったか?」
「ああ、大丈夫だ」
言ってアーチャーはディルムッドから離れようとする。離れようとして、
「……痛っ」
「――――、」
ディルムッドは彼にしては珍しく驚いたような顔をして、アーチャーを抱え上げた。慌てるアーチャーをベンチにそっと座らせて、足を検分する。
「足首を捻ったかな。そうひどくはないようだが……」
「大丈夫だ、歩ける程度だから……」
立ち上がろうとして、アーチャーはよろける。あっ、と小さな声。その小さな体を、ディルムッドは軽々と支えた。
「……無茶はするな。女性が無茶をするのはよくない」
「女だからといって、軽く見ないでもらおうか……っ」
「ほら、辛そうな顔をしている」
また抱き上げられそうになってアーチャーは慌てる。それは、と恥らう声で告げて、それは、いやだ、とアーチャーは続けた。
うつむいてしまったアーチャーの顔を覗き込みでもなく見て、ベンチにアーチャーを戻すと背を向けた。
???という顔つきのアーチャーはディルムッドの次の言葉に目を丸くする。
「背負われるのならまだましだろう。……それも嫌だと言うのなら、抱き上げていく他はないが」
アーチャーは口をつぐんだ。しばらく逡巡して、その後で。
「……仕方、ない」
本当に仕方なさそうに、そう、告げたのだった。
「顔、赤いわね」
「アーチャーさんのですね」
「違うわよ、お相手さんのもよ」
「え? ……あっ、そうですね!」
「当たってるのね」
「当たってるんですか!」
「え? なにが?」
「士郎は知らなくていいの」
「いいんです!」
「なんでさ!」
当たってる、そうである。
アーチャーを背負ったディルムッドは、どこへ行くのか――――おそらく病院辺りか、てくてくと歩いていく。
「……追いかける?」
「……病院まで、ですか?」
「それは野暮ってもんだろ、遠坂」
「士郎、うるさい」
士郎の額に命中するガンド。……なんで、さ。そう言って士郎は倒れた。
病院に連れていくのは彼なのだろうが、姉妹には彼を引きずっていく力はなかった。
アーチャーとディルムッドは遠ざかっていく。てく、てくと。
その光景は何故だか恋人同士のようにも、兄妹のようにも見えて。てく、てくと。
ふたりは路上を歩いていく。
「邪魔、しない方がいいわよね」
「そうですよ、姉さん」
桜は影を呼びだす。殺傷能力のない、無害な影だ。その影で士郎の足を掴み、ずるずると引きずっていく。
「ごめんなさい、先輩」
言いながら桜はずるずると。
士郎を引きずっていき、トリオは衛宮邸へと帰るのだった。
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