「え?」
「…………ッ」
「え?」


なんで、という話だ。
いったいぜんたいなんでどうして、こんな反応になる?おかしくないか?いやおかしいだろう。おかしいよな?
「…………、え?」
こっちの顔までもが、かあ、と赤くなった。
だからなんでさ。


「……っと。もう買い忘れはないよな」
「ああ。凛から頼まれたものも忘れずに買ってある」
「ならもう帰ろう。さすがにこの量の荷物を持ってうろうろするには辛い」
正直にそう訴えるとアーチャーは無言で顎を引いた。了解、ということらしい。
まるでぶどうの房みたいに大量の荷物を手にぶら下げて、ふたり慣れた道を歩く。今日の買い物係はアーチャーとで兼任だった。夕飯の当番は遠坂と桜。ちなみに今晩は中華だとか。
「遠坂の頼み物ってなんだ? 魔術の道具とか?」
「そんなもの商店街にあるわけがなかろう。普通の調味料と……」
「……と?」
そこで黙るアーチャー。
ワン・ツー・スリー・カウント間があって、
「……まあ、あれも調味料に分類されるから問題はないな。大まかに言えば」
「おい!?」
まさかの!まさかのスルーと来た!
マスターのことくらいちゃんと管理してもらわないと困る、サーヴァントとして。ご主人様のうっかりはしもべのうっかりだとも言えるわけだから。
「おい、アーチャー! はっきり言えよ、あれって何なんだよ!」
「うるさい! ただの調味料だ、問題ない!」
「逆ギレしてる時点で問題ありだろ!」
そんな喧嘩をしながらどっさりの荷物を持って商店街を行く――――はっきり言ってさらしものだった。
でもまあ、顔なじみの場所だから少しくらいの恥ならいいかな、なんて。思ってしまうのは平和ボケしている証拠だろうか?いやさ。
いやさ、違うはずさ。はっきりとは言い切れないけれど違うはず。
聖杯戦争中に命を狙いあう仲だった男と一緒に連れ添って商店街までお買い物、なんて時点でかなりの平和ボケ臭が漂っていたとしても。 間違いなんかじゃないんだから。
「……はー」
それにしたって、荷物が重い。


結局、重い荷物を重いと言えず(そう言えば嫌味と共に「仕方ないな、私が持とう」だなんて男のプライドを突き崩す行動が来ると予測されたため)家に帰ってきた。
まだ誰も帰っていないのか、どこにも誰かの気配はないし、周囲はしんと静まり返っているし。
そういえばいつも家にいたセイバーは最近バイトを始めた。近くの道場で子供たちに剣道を教えている。と言っても、俺相手のようなスパルタ方式ではないようで、その辺は安心だったりする。
「鍵、鍵……っと」
荷物をとりあえず一旦下に置いてから鍵を入れてあるポケットを探る、と――――。
カチャ。
「ん?」
なんで、開錠音が?
カラカラカラ。
「アーチャー、それ」
「藤村大河から預かっていた。言うのを忘れていたな」
「いや、別に」
言わなくてもいいんだけどさ。
言いながらも、ちょっとだけ不満だった。そりゃアーチャーは未来の俺だけど、それでも知らない場所で藤ねえとアーチャーがそんなに仲が良くなってるなんて。
ん?
あれ?
俺、この場合どっちに不服なんだろう。
「衛宮士郎?」
「あ、」
既に玄関の内側に入って不思議そうな顔をしているアーチャーに、はっと意識を呼び起こされて慌てて中に入った。
もちろん荷物は忘れずに。


「あー……」
荷物を運び込んでから、必要なものは冷蔵庫にしまったりして。
そんなことをしている間にも、気にはなっていたんだ。
「手の感覚がない……」
「ふん」
「ふん、ってなんだよ」
「あれしきの荷物で。不甲斐ない、というのだよ」
「む」
反射的にむっとして、思わず口にも出してしまう。けれどあんまりにも手の感覚がないもんだから口喧嘩をする気にもならなくて、代わりに痺れる手を指をわきわきと動かした。
「妙な動きをするな」
「だって……」
眉間に皺を寄せる顔を見ながら、ごく自然に、その手を、
「だって、本当に感覚がないんだから仕方ないだろ」
取って、いた。
「――――ッ」
「え?」
「…………ッ」
「え?」
そう言って、はたと気づいた。指と指を絡めて、てのひらとひらを擦り合わせて。
自分の手とアーチャーの手がぴったりとくっついている様を、目前に、見て、
「…………、え?」
見事に赤面しているアーチャーと同じく、自分の顔が、赤くなるのを、感じた。


だからなんでさ!


「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ちょっと。
ちょっと待て、待て落ち着け自分。落ち着け本当に落ち着け、いいから落ち着けただちに滞りなく速やかに。
言ってはみるが一向に落ち着かないし繋いだ手と手も離れない。
これが“なんで?”と思うのだが、自分の手はまるでアーチャーのそれとくっつきたがっているみたいで全然離れてくれようとしないのだ。
吸い寄せられるようにして繋がった手と手はそれがさも自然であるというかのように離れてくれない。
そして、その行為にすごくドキドキしている自分がいる。
手をつなぐ=ドキドキする=早く離れないと=でも離れられない=さらにドキドキする=もっと手が吸い寄せられる、の悪循環だ。どうしてこうなった。
というか、その、ただ手を繋いでいるだけなのにどうしてこんなにドキドキするんだ?アーチャーはどうして真っ赤になってるんだ?
考えても答えは出ない。思考が熱で溶けだしている。繋いだ手と手から溢れだした熱によってとろかされているのだ。
ああ、もういいかな。
この熱に流されちゃっても。
いいかな?
いいよな?
うん。
いいだろ。
そう思ったときだった。
「たっだいまー! いやー、ちょうどそこでセイバーちゃんとばったり会ったのよう、これって偶然ってやつかしらー……って、士郎? 一体どしたの?」
危なかった。
危なかった危なかった危なかった!
「い、いや、なんでもないぜ藤ねえ?」
「なんでもないにしては声が裏返ってるけど……」
「ほんとになんでもないから! ほんとに!」
「えー、でもー……」
まだ何事か言おうとする虎と怪訝そうな獅子を前に、アーチャーを組み伏せる一歩手前だった片手を顔の前でぶんぶんと振ってみせた。猛烈ななんでもないアピールである。
いや危なかった!あと一歩遅かったら確実に押し倒してた!そしてそこに解き放たれる虎と獅子!
「本当になんでもないんだ藤村さん。彼に関してはその……最近暑いからな」
今は冬だ。
「んー、そう? アーチャーさんが言うならそうなのかしら」
「アーチャーが言うのならそうなのでしょう。彼を信じましょう、大河」
「んんー……そうね! セイバーちゃんが言うのならそうなのよね!」
少し考える様子を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべる虎。よかった。
野生の勘が発揮されなくて、本当によかった……。
「藤村さん、セイバー。買ってきた茶菓子があるからすぐに支度をしよう。待っていてくれ」
言ってアーチャーはすっと立ち上がる。そこにわーいと追従する虎、それと獅子。
――――。
「うん? どしたの士郎?」
「いや……なんでも……ない……んだ」
背筋に走った寒気。
久々に見る、“エミヤシロウオマエコロス”的視線だった、いや、ほんとに。


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