「いらっしゃいませお客様。お席のご希望はございますか?」


彼らが勤める由緒正しき古式喫茶店にサービス券などといった軟派なものはない。
けれど人情による関係者割り引きなどはきくようで、遠坂凛・間桐桜姉妹は紅茶とケーキのセットを二割引きされ奥の席に案内された。
「なるほどね、最近あいつが禁煙した理由がわかったわ。仕事先が禁煙なんだから習慣づけないとしょうがないわよね何事も」
「そうですね姉さん」
ピンクのシフォンケーキに相好を崩しながら桜。苺の粒がぷちぷちと口の中でとろけます、とどこかの食通家らしきコメントだ。
「これで素人ってんだから怖いわよ……っていうか素人なの? 本当は違うんじゃないの?」
ガトーショコラは薫り高くほろ苦くしかし芳醇に甘い。そんなの美味しいに決まっている。
「アーチャーさんすごいなあ……すごいですよね本当に。これで緊急のヘルプだっていうんですからもったいないです! この腕は永久就職するべきレベルですっ」
「ランサーのところに?」
…………、と沈黙が姉妹の間に横たわった。握りこぶしまで作って若干ヒートアップしていた桜が、そうでしたね、とつぶやく。
「アーチャーさんって基本的にはランサーさんのためにしか動かないようなところありますよね?」
「ありき、みたいな感じよね。今回だってランサーが頼むからヘルプに入ったんでしょ? あいつが困ってるから動いたんでしょ? ……、まあ、アーチャーは基本八方美人な感はあるけどその芯はランサーで揺るぎなく一択よね」
「一択ですか」
リア充滅びろ。
そんな風に遠坂凛が言ったか言わないかは知らないが。桜はどうか。
なんてわけで、ランサーとアーチャーはただいまふってわいた職場内恋愛の真っ最中なのである。
「二番テーブルショートケーキとモンブラン、紅茶セットな。茶葉はお任せだと」
「了解した。今切り分けるので少し待っていてくれ」
「いつまでも待ちますともよ、おまえのためならな」
「お客様のためだろう」
「冗談だって」
「いや、君は本気なはずだ」
「おまえには本気だぜ?」
堂々巡り。
カウンターを挟んでループ・ザ・ループの丁々発止。ちょうど奥まった席、めったに客が案内されるところではない場所からその光景は丸見え&丸聞こえなのだが、それを果たしてふたりが知っていたのかと誰か問う者はいなかったのか。
知っていたとしても関係ないし、もしくは知らないし、だとかどっちも勘弁してもらいたい。結局どうあっても勘弁してもらいたいもしくは知るか、だった。
「それでいてこっちの声はあっちには聞こえないときてるものね。ほんと不公平な世界だわ」
「世界ってそんなものなんですよ姉さん……ふ、うふ、うふふふふ」
「ちょっと桜落ち着きなさい、いいから素数を数えて、いい、ゆっくりとよ」
ワン・ツー・スリーではノックダウンである。テンカウントはKOだ。
「でもいいわよね、ケーキは美味しいし、紅茶はお代わりし放題だし」
その代償が目の前でいちゃつかれることならば無問題である。さすがにどんどんやっちゃってまでとはいかないが、目の前でささやかに展開されるくらいならオッケーだろう。
「五番テーブルスフレ焼き上がったぞ、すぐに持っていってくれランサー」
「了解、っと。バニラの方だよな?」
「チーズは今やっている。もうちょっとだ」
「んー、いい匂いすんな、甘くてふわっとしてて……おまえの匂いみてえ」
「たわけ、何を」
「ほら。顔んとこ、ついてんぞ」
ウェイターの上半身がカウンターの向こうに消えた。かと思うとすぐに戻ってきて、彼はなにやらつぶやきながら指先を舐めていた。
ん、あまい。
「甘々よね……」
「ですよね……」
姉妹の長いため息。
彼らの長い、蜜月。
というか職場内恋愛公認とはいえそう派手にいちゃついててもいいものだろうか?
「アリかナシかで言えば、どっちだと思う?」
「難しい選択をさせないでください……」
紅茶に口をつけて、桜。
確かにそれは無茶振りというものだ。
そうねと返して凛は自らも紅茶に口をつけた。
ん、おいし。
「十番テーブル、お持ち帰りでプティ・フールセットだ。Aの方な」
「了解した。リボンは?」
「赤で。おまえの色だな」
「……言うと思っていたよ」
こくこくこく、ぷはー。
カップの中の紅茶をすべて飲み干すと、凛は手元にあるブザーを鳴らした。店内に響き渡る音。
「お会計お願い。あと、お土産用にいくつかケーキ見繕ってもらえる? さっきのセット、とかいうの、見せてもらえるかしら」


「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」


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