にーらめっこしましょ。
「…………」
「…………」
「…………、」
「あっ」
無言のまま顔を背けた弟――――“アーチャー”ことエミヤシロウ――――に、姉――――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン――――はぷっと頬をふくらませた。
特におかんむりの様子で唇を尖らせて抗議をする。
「ちょっとシロウ! どうしてそっぽ向くのよ!」
「いや……その、だな」
「傷ついた! わたし、その態度に傷ついたわ! すごくね!」
ぷりぷりと怒っている姉に弟はなおも目を背け続けている。当然それで姉の機嫌が直る訳もなく、逆にさらに加速していくのだった。
「シロウはわたしのことなんて嫌いなのね……きっと顔も見ていたくないんだ」
「それはっ」
「違うって言うの?」
だったら何なの?と姉はねめつけるように小さな体を利用して大きな弟を見上げた。丸く、睫毛に縁取られた赤い瞳がじっと相手を見据える。思わず何もしていなくても、ごめんなさいと言いたくなってしまいそうな視線だった。
「……見れないんだ」
「え?」
「恥ずかしくて、正面からじっと見られないんだ」
姉さんの顔が。
それに見ていられるのも辛い、と弟は。
本当に恥ずかしそうに言ってもっと顔を伏せた。褐色の肌が浅く朱に染まり、耳までも赤くなる。
姉はそれを見てぱちぱち、とまばたきをすると、
「シロウったら!」
「…………っ!」
その小さな体をめいいっぱい使って姉は弟に飛びついた。受け止められるのをわかっている大胆さで。
「姉さん!」
「なんてかわいいの! 無意識にそんなこと言うなんてシロウ、あなたはわたしをどうしたいの?」
「姉さ……」
「本当にかわいいわ、わたしの大事な弟」
言って、姉は弟にぎゅっと抱きついた。隙間なくぎゅっと。
先程とは違って彼女のまなざしには愛しさが溢れている。柔らかで温かい、家族に向けるには過ぎるくらいの愛おしいという感情。
「ねえ、もう一回にらめっこしましょ。わたしシロウの笑った顔が見たいの」
だから負けないわよ、といたずらっぽく言った姉に、うろたえるばかりだった弟がようやっと答えを返す。
「……オレも、だよ」
「わたしなら笑ってるでしょう? 今でも」
「そうじゃなくて……姉さんにはいつでも笑っていてほしいんだ。姉さんの幸せがオレの幸せだから」
「ああ、シロウ」
なんて子なの!
姉は大げさな身振りでそう言って、目を見開いた。あなたったら!あなたったら、なんて!
「シロウ、大好きよ。それであなたとわたしは同じことを思ってる。これってすごく幸せなことじゃないかしら?」
「うん」
「なら、笑って。わたしのために、そしてあなたのために」
わたしもあなたには幸せでいてほしい。
その瞬間だけ顔から笑みを消して、姉は真剣な面持ちでそう、言った。幸せでいてほしい、と。
「笑ってシロウ。わたしにあなたの本当の笑顔を見せてちょうだい」
弟は。
少し戸惑うような表情をしてみせた後で。
「うん、姉さん」
そう言って、はにかむように、微笑んでみせたのだった。
「――――」
その笑顔を真剣な顔で見つめた姉は、沈黙をしばし続けて。
「いい子ね」
本当に幸せそうな笑顔でそう、穏やかに告げた。
「ねえシロウ、次は何して遊ぶ? 鬼ごっこでもかくれんぼでもいいわよ、シロウの好きにして」
「オレはただ、姉さんと一緒にいられるだけでいいよ」
「わたしもそれは同じだけれどね。でもせっかくふたりっきりなんだから、いつもは出来ないことをしたいの」
「ふたりっきりだからこそ、いつも通りのことをしてもいいんじゃないかと思うんだ」
「いつも通りのこと? それってどんな?」
「ただ一緒にいて、くだらないことを話したりできればオレはそれでいい」
「む。くだらないだなんて、聞き捨てならないわね?」
「くだらないことだよ。それでいてすごく大事なことさ」
「……いつも通りがすごく大事ってこと?」
「うん。オレはそう思うんだ」
姉さんは?
壁にもたれてふたりで並び、ぼうっと宙を眺めながら会話をしていて、その問いがぽかんと頭上に浮かぶ。弟からの問いに姉は宙を見つめたままうーんと考えて。
「……うん、」
やがて、弟の方を向いて深く一度うなずくと、ぱっと花が咲いたように笑ってみせた。
それはとても小さいけれど、立派に咲き誇った一輪の花だった。
「シロウがそう言うなら、わたしもそう思うわ」
そうして。
彼と彼女は、誰かが来るまでその“いつも通り”を心行くまで楽しんだ、のだった。
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