「うん、手触りが似てるわ。やっぱりイリヤのきょうだいね」
自らも白銀の髪を長く伸ばした美女、アイリスフィールはそう言いつつ椅子に腰かけた青年の髪を梳いていた。鼻歌はテンポよく、手と同じく止まることがない。
「…………、」
「……どうしたのだね、マスター。その緩んだ顔は」
「ん? いやね、アーチャー。君があまりにも“居心地が悪いです”って顔してるからさ」
はは、と笑うのは衛宮切嗣、アイリスフィールの夫だ。その切嗣の指摘通り、青年――――サーヴァント・アーチャー――――の表情は硬く、そわそわとどこか居心地が悪そうな佇まいをしていた。
彼らはマスターとサーヴァントという関係であるが、その前に義理ではあったが親子関係にあった。
アーチャー自身はあくまでサーヴァントとして自分を扱ってほしいとアイリスフィールと切嗣に懇願するのだったが、夫妻がそれを聞き入れることはなく。
結果甘やかしすぎである、と言えるほど夫妻はアーチャーに対して振る舞った。当然、実の娘であるイリヤも同様に愛して。
「あなたにもきょうだいとしてイリヤと遊んであげてほしいけど、さすがにそこまでは無理でしょう? だからね」
わたしの息子では、いてちょうだい?
イリヤの弟でいられないなら。ならば、せめて自分の息子でいてほしいと、アイリスフィールはそう言った。アーチャーはその言葉に何か打たれたように息を呑み込み、けれど返事はしなかった。
「ねえ切嗣。あまりアーチャーをいじめないであげて? この子、そういうのに慣れていないのよ」
「おいおいアイリ、君がそれを言うのかい?」
「え?」
切嗣に返され、アイリスフィールは不思議そうに言う。どうやら本当にわかっていないようだ。
大柄な体躯を縮めたアーチャーがローズピンクのブラシで髪を梳かされているのを切嗣は苦笑混じりに見やり、やれやれと肩を竦めた。自らの妻がわざとやっている訳ではないのだと知っているからそうするしかない。
「アーチャー、楽にしてちょうだい。何も緊張することなんてないわ。ね?」
それにしても本当にイリヤと同じ、
言ってアイリスフィールは目を細め笑うと今度は、己の指先で直にアーチャーの髪を梳いた。
直に触れなければわからないことだが、アーチャーの髪は見た目に反して手触りがいいのだ。彼の義姉である、イリヤと同じように。
それを知っているのは今はアイリスフィールだけである。切嗣も知識としては知っているのだが、あんまりにもアーチャーが強張るので直接触れたことはないのだったが。
いつか、触れてみたいと切嗣自身も思っている。仮にとはいえ息子である青年の髪に触れて、頭を撫でて、頑張ったねと。
アーチャーを、無条件に慈しんであげられる時が来ればと。
「A B C, die Katze lief im Schnee.Und als sie dann nach Hause kam Da hatte sie weise Stiefel an.」
猫が雪の中を歩く歌。
白い雪は猫の足を彩り、まるでブーツのようにさせたという。そんな風に雪の中で息子と遊びたいと妻は思っているのだろうか?
きっと意味などないセレクトの童謡に、だが切嗣はそんなことを思った。
猫は二度と外に出なかった。
――――そんな風に終わる歌のように頑なに、アーチャーは外に行こうとしないのだけど。
「はい、おしまい。もういいわよ」
肩をぽんと叩いて言い、アイリスフィールはにっこりとアーチャーに微笑んだ。だがアーチャーは立ち上がろうとしない。アーチャー? ……不思議そうにアイリスフィールは言った。
そのときだ。
「あり、がとう」


切嗣は思わず目を見開いた。
アイリスフィールは何を言われたのかわからないかのようにきょとんとしている。アーチャーは赤い外套――――聖骸布をさばいて立ち上がり、
「気持ちが良かった。……ありがとう、アイリスフィール」
そう言って、ふわりと微笑んでみせた、のだ。


「…………!」
大柄なアーチャーの体がアイリスフィールを受け止めてよろめく。まるで手加減なしに彼にぶつかっていったアイリスフィールは、彼の首っ玉に抱きついて弾けるような笑い声を上げた。
「こちらこそ! こちらこそありがとう、嬉しいわ、わたし、すごく、嬉しいわ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねては笑うアイリスフィール。
全身を使ってはしゃぐ彼女に少し困ったような顔をしてみせたアーチャーだったが、切嗣の視線に気づくと、ふ、と、笑みを浮かべた。
その笑みに切嗣も笑みを浮かべると。
ずっと思っていたことを実行に移すべく、妻と息子に向かって歩いていったのだった。


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