「ねえアーチャー、腕を組んでもいい? 少しでもあなたと触れ合っていたいのよ」
「…………」
「あ、そういえば素敵なお店がこの辺にあったわ! ちょっと待って。今思いだしてみるから、ちょっとだけ。ね?」
「…………」
「ふふ、アーチャーと一緒に出かけるなんてめったにないことだからわたしちょっと舞い上がってるかも。アーチャーはどう?」
「…………凛」
なあに、と遠坂凛は聞いた。隣に渋い顔で佇んでいる、小さな背丈のひとりの少女に。
「この状況は一体なんなんだ……ふたりで外に出るのはまあ百歩譲っていいとしよう。だが、何故私をこのような姿に……」
「趣味ね」
趣味なのか。
言い切られてがっくりとうなだれる少女の名はサーヴァント、アーチャーである。さてアーチャーといえば180センチ越えのマッシブな男である、だがしかし。
今の彼は彼であって彼ではない、むしろ彼女だ。
いや、“むしろ”という意味がわからないけれど、とりあえず彼女である。
ちょっと引き気味なアーチャー嬢にうきうきで腕を絡めながらマスターであるところの凛は目を輝かせて顔を近づける。
その拍子にふわりと独特なフレグランスが香ったが、そんな胸ドキのシチュエーションに今現在のアーチャーがときめけるはずもなく。
というかアーチャーにとって凛はどっちかといえば庇護対象だ。
「いいじゃない、あんただってたまには外に出た方がいいわよ。ひがな家にいて家事ばっかりじゃ腐っちゃうわよ?」
「その家事をさせているのは君なのだが。……それなら別にこんな姿にせずともだな……」
「だから趣味だって言ってるでしょ」
あ、お店の場所思いだした!
なんて今の状況をまったく省みない凛の発言にアーチャーは考えるのをやめた。
一日。
きっと一日やそこら付き合えば、凛も満足してくれるだろうと思ってのことだ。だから我慢だ我慢。
「ほらアーチャー、行くわよ!」
ぐい、と腕を引かれ慌ててたたらを踏む。少女の力は案外強く、アーチャーはとっさに踏み止まれない。
「こ、こら凛!」
待ちたまえ!だとかいうアーチャーの苦言もスルーして、凛は足取りも軽く彼女曰くの素敵なお店、に向かうのだった。
「はあ……いいわねえ……」
「…………」
「この雰囲気、とってもロマンチック。じゃない?」
「…………」
「アーチャー、聞いてる?」
「……聞いている」
だから安心してくれ。
そんな返答に凛は不満そうにカップをソーサーに置いて、アーチャーを見やる。
「アーチャー、わたしは今日何をしに来たと思う?」
「大方気まぐれにふらりと出かけに来たのだろう」
「違うわよ」
凛はぐいっと身を乗りだして、ひとことひとこと区切るように、
「わたしはあんたとデートをしにきたのよ」
「!?」
ギリギリで紅茶を噴きだすような失態は避けられた。
だが大きくゲホゲホと咳き込んで、結果アーチャーは身を乗りだした凛に背中をさすられることになった。
「何やってんのよ。大丈夫?」
「君こそ大丈夫か!?」
叫んでしまうが、それほどに思いもよらない返答だったのだ。アーチャーにとっては。
「わわわわたしと君がデートとは、それは、それは、もしかしてギャグで言っているのか?」
「なにそれ。……失礼しちゃう」
ほんとに失礼しちゃうわよ、とまるで大事なことのように二度言って凛は紅茶を飲む。当然ちゃんと席に座って、だ。
「わたしがあんたとデートしちゃいけないの? なんで? どうして? 何か問題ある?」
「大いにあるだろう……!」
「たとえば?」
え、と涙目になっていたアーチャーはつぶやいた。たとえば?凛の瞳がそう問うてくる。
「ねえ、たとえば?」
「え、ええと……、」
あらためてそう言われてみると。
具体的にこれこれこうだからこうだ、と言い切れない何かもやりとした“理由”しか自分の中には存在しないのだとアーチャーは瞬時に悟った。そして決意する。
ここは、ごまかそう。
「り、凛。そういえばこの前、雑誌で行ってみたいところを見つけたんだが」
「あらなに? どんなところなの? 一緒に行ってあげるわよ」
案の定キラキラな目で喰いついた己がマスターに、かかった!と安堵するアーチャーであった。
「もうこんな時間なのね」
夕日がきれい。
凛の言葉に、どこかやり遂げたような顔でアーチャーは「そうだな」と答えた。
いや連れ回されたされた。もう新都中で行っていないところはないんじゃないかと思うくらいくまなく歩き回って、はしゃいで(主に凛が)、遊んで。
緑茂る静かな公園、やかましいゲームセンター、お洒落な喫茶店、賑やかなファッションモール。
ありとあらゆるところを巡ったと言っても過言ではない。
凛とアーチャーの“デート”は今ここに、幕を下ろそうとしていた。
「……なんて」
言わせないわよ!
まるで下りようとした幕を力任せに上げるように宣言した凛は、階段に腰かけていたアーチャーの手を取った。当然慌てるアーチャーに小気味よくウインクしてみせて。
「デートはこれからが本番なのよ! まだまだ家には帰さないんだから!」
「りっ、凛!」
今度は夜景の素敵なスポットがいいかしら、言う凛にはアーチャーの言葉など届いていないようだった。
「デートって楽しいわね! ね、アーチャー?」
「…………」
アーチャーの胸にわだかまっていて、いつしか小さくなっていた“理由”。
それが凛の笑顔を見ていると薄れて消えていくのがわかる。
この笑顔を前に否、と言える輩がいるのなら是非連れてきてほしい。見習う気はないが参考程度に聞いておこう。
「……ああ、楽しいな」
夕日は落ちて。
けれど夜はまだまだこれから、デートの終わりもまだまだだ。あまり遅くなると足がなくなるがそれならそれで自分が凛を抱えて飛んでいけば済むことだ、とアーチャーは途方もないことを思って。
思った自分を、たわけめ、と笑うのだった。
ふたりのデートはまだまだ続く。
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