「……ちょっと待て。バゼット嬢、何故そこで塩の瓶をまるごと一瓶投入しようとしている?」
「何故、と言われますと……大量生産しておいた方が後々便利かな、と思いまして……」
「後々のことを考えるのは確かに良いことだが、料理というのは分量を守らないと……、セイバー。君は君で味見を何度するつもりだね」
「ち、違うんですよ? これはただ単に、作るのなら味の良いものを! というわたしの主義がですね」
「すぐ嘘とばれる嘘を言うのはよしたまえ。……っと、目を離した隙に君はまた……。大量生産はいい、けれどそれならばそれで、それ用のレシピを……セイバー!」
わいわいきゃあきゃあ。
「何してるのかしら」
「料理だろ?」
「料理ですよね」
「見ればわかる。わたしが言いたいのは、なんであのふたりがアーチャーに、料理を習ってるのか、ってことよ」
「そう言われるとわかんねえけどな」
「そうでしょ?」
うーん。
居間からちらりと台所を覗いて言うのは士郎、凛、桜、ランサーの四人。これと言って特筆すべきこともない、ただそこにいただけ、という面子である。だがしかし注目すべきはそこでなく台所。何故エミヤふたり・間桐桜ときどき遠坂凛の戦場である台所に、バゼットとセイバーがいるのか?
何故。何故なのだ、教えてくれ全ルート制覇後の桜の木よ。というか卒業式にそこで恋人が待ってるんですねときめきできらめきロマンチックな伝説あげるよ、なんですねそうなんですね?
はっきり言えば、そんなもんでわかれば苦労しねえのである。
「歩く・ありと・あらゆるもの・粉砕マシーンと腹ペコ騎士王と書いていだいなるおうさまと読むセイバー……なんでまたアーチャーの奴ぁ相性の悪いもんを台所になんぞ招きいれたのかねえ」
「ランサー、あんたそれが彼女たちの耳に入ったら殺されるわよ。というかもう死んでるんじゃない?」
「ああ、うん。オレぁ確かにもう死んでるな。じゃなくてよ」
「わかってる。一体なんでさ、ってことでしょ?」
「遠坂、なんで俺の台詞」
「耐えてください先輩、姉さんってそんな人です」
「はいーそこのーバカップルふたりー取り締まっちゃうわよー?」
バカップル、らしい。
ということはこの場合士郎がアーチャーに対して勇み足である可能性はない。怪しいのはランサーと遠坂凛。けれど今大事なのは、そこではない。
「台所はあいつの聖域だろ。だってのになんでまた……」
「そうね、それは逆転した視点から見ればアーチャーが彼女たちを自分の領域まで招き入れたってことじゃないかしら? 聖域に招いて、なおかつそれを穢されることも厭わない……やだ、なんか言ってて複雑な気分になってきたわ」
「同感だな、聞いててオレも複雑な気分になってきたわ」
ガゴガゴガゴ、と何だか激しい、調理のときにする音ではない音たちもそろって不協和音を奏でているし。
それは聞く者の心を不安定にさせる魔性の旋律。
「オレの誇りに懸けて誓おう。きっとアーチャーは気が違ったかか脅されてるか何かかして、あいつらに聖域を侵食されたんだな」
「軽々しい誇りね……ああ、でも、脅されてるっていうのはアリかも。ふたりとも武闘派だし」
「おい遠坂、それはさすがに言いすぎ」
「駄目ですよ先輩、姉さんに逆らっちゃ」
「はいはいーそこのーバカップルの話はー基本的に無視で行くわよー?」
「無視!?」
ガゴガゴガゴ、と不協和音が士郎の叫びをかき消した。
「……全てこちらの耳には届いているのだがね。彼女たちが調理に熱中していて助かったと凛たちは感謝すべきだ」
「…………? アーチャー、何か言いましたか?」
「いや、何も。ところでバゼット嬢。また目分量で粉を追加しているようだが」
「あっ……違うんですよ、これはですね?」
「言い訳をしない。速やかにレシピを確認する作業に戻ってくれ」
「はい……」
しょんぼりとボウルを抱え直すバゼットの奥で、セイバーが出刃包丁を持ちながら物騒な顔つきでうーんと何やら唸っている。
「どうした、セイバー」
「あ、いえ。野菜を等間隔に切る、というのはなかなか難しいものだと思いまして、見ていたところです」
「習うより慣れろ、だ。繰り返せば自然と馴染んで来るものさ、安心するがいい。それより、鍋」
「鍋? ……ああっ」
噴いている鍋にセイバーがアホ毛をピンと逆立て、慌てて火を落とす。危ないところでした、と言いながらもゆーらゆらと左右に揺れるそのアホ毛の動きにわずかに気を取られつつアーチャーは気をつけろ、と彼女に忠告した。
「はい……浅慮でした」
「落ち込むことはない。誰でも最初はそんなものだ」
「あなたもそうだったのですか? アーチャー」
「バゼット嬢、また目分量の罠に嵌っているぞ。……ああ、そうだったな。私も昔はよく卵焼きを焦がして彼に笑われていたっけ」
「キリツグ、ですか」
「キリツグ……といいますとあの、」
「今は調理に集中するべきだと私は思うのだがね、いかがだろうか君たち?」
「はいっ」
「そ、そうでしたっ」
しゃきん!とバゼットとセイバーたちの背筋が伸び、彼女たちは戦闘を再開した。ただし纏うのは戦闘服ではなくフリル付きのエプロン、相手取るのは食材たち。家事出来ない系女子であるふたりがアーチャーに調理の指南を乞うたのは、ただ一心の願いからだった。
『あ……あの、アーチャー。少し、よろしいでしょうか?』
『? ああ、何だろうかバゼット嬢、それにセイバー。今はやることもなく暇だ、何の遠慮もすることはないぞ』
『は、はい、ありがとうございます。あのですね――――』
おずおずと、口を開いた彼女たちが言ったことばは。
『アーチャー。あなたたちの作る料理は、人を笑顔にする。わたしたちも……その、笑顔を自分の手で作ってみたくなったのです』
料理を口に運んだ者が見せる様々な表情。笑顔、驚愕、ときどき落胆、けれどそれはほんの少し。
ほとんどは皆が皆、笑顔でアーチャーたちの作る料理を口にし、そして全て平らげた後でこう言うのだ。
“ごちそうさまでした”
『わたしたちの手は、作ることよりその反対に慣れすぎているから』
やさしい手に、なりたいのだと。
笑顔を作れる手になりたいのだと、彼女たちは言った。
アーチャーはそれにややぽかん、として、
『……一からの特訓は厳しいぞ?』
ふ、と苦笑した後にそんなことを、言って、いた。
「ほんと、どういう風の吹き回しなのかしら……」
遠坂凛たちはそれを知らない。アーチャーはだからひとり思い返しては苦笑して、すぐに厳しい顔に戻って彼女たちに指導を続けるのだ。
「ああ、ほら、さっきから言っているのにどうしてわからないのだね君たちは――――、」
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