青い髪は水に濡れると濃さを増して、艶に光る。さらさらとした普段の手触りも好ましかったが、しっとりとしたこの手触りも愛おしいとアーチャーは思った。
「どうした、ぼうっとしちまって」
声がしたかと思うと、ぬるま湯を頭からかけられ咳き込む。目をつぶるのも間に合わなかった。さすが最速の英霊、と。
言うとでも思っているのだろうかこの男は。
椅子に座ったまま半眼で浴槽の中にいる男を睨む。男は少し驚いたような顔をして、瞬きを数回。
「怒って―――――」
「いないとでも? ランサー」
マスターに倣う。時に技は盗み取ることも必要である。
……ので、わざとらしくにっこりと笑ってみた。赤い瞳が数回、瞬き。
「悪かった」
「わかってくれればいいのだよ」
以後慎むようにと言ってついでだとシャンプーのポンプを押す。銘柄には特にこだわらない。並み居る女性陣のように好きな匂いがあるわけでもなし。ああ、けれど、
「君の匂いは好きだな」
「あ?」
「…………」
言ってしまったことはもう取り返せない。不思議そうに首を傾げてから、にやりと笑む男からせめて視線を外す。事実であるので、しょうがない。
「オレの匂い、好きか」
「好きか嫌いで問われれば」
「ふうん」
にやにやと笑う。身を乗り出すように。浴槽の縁に両腕を預けて。
あまりにも、その顔がやにさがっているので一言注意した。
「ランサー」
「うん?」
「君は顔の作りは決して悪くないのだから、それを維持することを忘れてはいけないと思う」
「そんなこと言ったって、仕方ねえだろ」
いっそうにんまりと笑うと男は浴槽の中から手を伸ばしてきた。何がかね?そんな問いに、んん?とわざとらしい窺いが返ってくる。
「素直じゃねえおまえが珍しく素直にオレを褒めたんだからよ」
「な」
んだそんなはずがないだいたいきみはかんちがいをするけいこうがあるはやとちりというやつだいくらさいそくのえいれいだからといってもげんどがあるだろう―――――。
と、我ながら長々と続くはずだった言葉は、浴槽の中の湯より何段階も熱い抱擁によって途切れさせられてしまった。

ああ、もう、あたまがゆだりそうだ。


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