夏まっさかり、某日某所。
槍兵はまるで軍隊の一群のような黒いかたまりを眺めて、ひゅうと口笛を吹いた。
「いや、まったくすごいな、こりゃ。一体なんだ? これから何が始まるんだ?」
ここへは任務で来たのである。どこからの任務か、といえばそれは極秘事項だ。たとえギャグだとしても言えないのである。
手には一枚の紙。細かくびっしりと図形が配置されていて、よくよく見えないとなにがなんだかわからない。しかもその所々に黒いペンで執拗になにかが書きこまれている。綺麗な字だがさて、誰のものやら。
「ランサー、落ち着きたまえ。日除けになってくれるのならかまわんが、日射病になるぞ」
「そんなヤワじゃねえよ。それよりおまえ、それ以上焼いてどうすんだ。ほどほどが好みだぜ、オレとしては」
「そんなことは言ってもいないし聞いてもいない。いいから座れ。皆座っているだろう」
「え、立ってるやつも……」
「へりくつを言うな」
すわれ。
ランサーは素直に腰を下ろした。アーチャーの目は真面目だったし、気難しい恋人にこれ以上逆らう必要もなかったからだ。
怒った顔は嫌いじゃないけど、無視されるのはなんだ。アレだ。
よし、とつぶやくと満足そうにうなずいて、アーチャーは大きな包みをがさがさとやりだした。
なんだそれ、といまさらになってランサーは気づく。思った通りに聞こうとして、そのまえに現物を見て思わずつぶやいた。
「……なに考えてんだおまえ」
「何を言うか。サバイバルで大切なのは空気、水、食べ物で……」
「ええ、それは大切です」
「またおまえかダメット! つかサバイバルじゃねえよこんなの!」
「ところでアーチャー、今日のメニューは」
「季節野菜のサラダとサンドイッチだ。食べるかね?」
「ぜひ!」
「無視すんじゃねえ!」
いつのまにかそばにちょこんと現れていたバゼットは、指をくわえて蓋を開けられた弁当箱の中味を見ている。口端から流れる透明なもの。
「涎! 涎!」
「はっ」
バゼットは我に返って口をごしごしと拭いた。ついでに首をぶるると振ってにっこりと笑う。頬が赤い。
「えへ☆」
「おまえキャラ迷走中だろ! そうだろ!?」
オレとおまえの仲だろ!答えろよバゼット!
ランサーは心の底から叫んで、アーチャーにうるさいと後頭部をはたかれた。
何も悪くないのだが、確かに行列で叫ぶのはよくない。だけど行列の中で弁当とレジャーシートを広げるのもいかがなものだろうか。
案の定スタッフに注意された三人だった。


「すごい人だったなー」
依頼されたものを宅配便で送ってしまって、ランサーは手軽だ。同じくアーチャーも。
バゼットのみがなんだか大荷物だ。
しかし、ふとアーチャーの手の中のものがランサーの目に飛び込んでくる。
「あれ、おまえなんだそれ。なにか買ったのか」
「な」
アーチャーは後ずさる。らしくないその様子に犬歯をむき出して、ランサーは笑んだ。
この恋人の困った顔は大好きだ。
「見せてみろって」
「嫌だ」
「見せられないようなものなのかよ?」
「そ、そんなことは」
「もらいっ!」
「―――――ッ!!」
最速の英霊は日常でも最速。
だっと走ってアーチャーの手からそれを奪い取ると、ばっと広げた。
「……あ?」
ぽかん。
そんな間抜けた効果音が頭の上に浮かぶ。
アーチャーはもじもじしている。
「……猫?」
「……猫だ」
「……猫か」
「……猫だ」
それはかわいらしい猫たちが描かれた小冊子だった。
「なんで隠した?」
「恥ずかしいだろう」
「だからなんで」
「恥ずかしいからだ」
「答えになってねえよ」
「恥ずかしいんだなにか文句があるのか!」
「キレんなよいきなり!」
小冊子を放って返して、ランサーは自分も小冊子を取り出してほらほらと振ってみせる。
「ほれ、オレだって似たようなもん買ったよ。釣りの本だ」
「君の場合はいいだろう、趣味なのだから」
「おまえだって趣味だろう」
「趣味とか言うな!」
「言葉使い自重しろよ! 暑いのか!? そうか!」
顔真っ赤だし!目がうつろだし!
そう言うとアーチャーは急に落ち着いて、ふむ、などと言い出した。
「確かに。……よし、あそこにアイスが売っている。買ってこよう」
「おまえのその切り替えの早いところ、好きだぜ」
「私も君が好きだよ。……で? 君は何味がいいのかね?」
「イチゴ」
「よし」
アーチャーは荷物を抱えてよろよろとしているバゼットにもたずねる。
「バゼット嬢。君は?」
「あ、私、私ですか?」
バゼットは慌てたように言うと、少し考えて答えた。
「その……ランサーと同じものを」
「よし」
アーチャーはすぐ近くにいた棒アイス売りに向かって指を二本立てる。
「店主、イチゴ味を二本。すぐ食べるのでそのように頼む」
「二本?」
怪訝そうに言ってランサーは首をかしげた。バゼットも同じように首をかしげる。何故?という顔だ。
「アーチャー、あなたは食べないのですか?」
「ランサーの分を一口もらえば充分だ」
「うおい!」
ランサーの叫び。
アーチャーとバゼットはそろってそちらを見る。ランサーの白い顔が赤い。日焼けのせいではない。さっきまでは普通だったのだから。
「おまえはな、だからそういうことをいきなり、しかもこいつの前で言うなと!」
「大丈夫ですランサー! 私もあなたの分を一口いただきますから!」
「なんでだよ! 味同じだろ! 意味わかんねえ! つか、オレの分そろって盗るんじゃねえ!」
そうして、結局は三本のイチゴアイスを買って三人そろって食べた。硬いが瑞々しいアイスは口の中に貼りついたが、甘くてひんやりとしていて美味しかった。
うまうま。
ミルクアイス食やよかったのに、と隣のアーチャーを見やり、同じく隣に座ったバゼットにランサーは問う。
「で、バゼット。おまえのその大荷物はなんだ?」
「ぎくっ」
おい。
いまこいつ「ぎくっ」って口に出したのか?擬音を?それはギャグで言ってるのか?
「バゼット」
ランサーは出来る限り優しく、伊達男のように笑う。客商売、ウェイター業で鍛えた才能だ。
バゼットは顔を赤らめて、横に置いた荷物もそのままに指をもじもじと組み合わせた。
「あの……」
いつのまにかアイスを食べ終えていたアーチャーも待つ。
バゼットはもじもじしながら言った。
「ナイトと女戦士の……恋物語がありまして……」
「自己投影!」
自惚れと言うなかれ。確かにバゼットはランサーを騎士として見ていた。
自分のナイトとして。
たぶん。
単なる萌え対象ではない。
おそらく。
あるいは。
「宅配便で送ればよかっただろうに」
しみじみとそう言うと、アーチャーは三人分のアイスの棒をかたわらのゴミ箱に投げ入れた。



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