Illyasviel,Shiroh 
「行きたいな、アーチャーと。それからシロウも一緒に!」
夏の衛宮邸、ちゃぶ台の上にカタログを広げてイリヤスフィール・フォン・アインツベルンはうきうきとのたまった。
カタログは色とりどりの南国模様。夢広がるトロピカルな様にも、当のアーチャーはどこかいたたまれなさげだ。
「衛宮士郎はともかく、私もか? イリヤスフィール」
「そうよ? どうしてそんなこと聞くの、変なアーチャー」
「変……」
当然でしょ?といった面持ちのイリヤに、アーチャーは幾分ショックを受けたような反応を返す。別に“変”と言われたのでショックを受けているわけではなさそうだが。色々あるのだ、彼としては。
「ね、シロウもいいと思うでしょ? 楽しいわよ、きっと」
「そうだな……俺、外国って行ったことないからな」
「うふふ、シロウのはじめてもらっちゃった!」
「なっ」
何故かそこでアーチャーも反応する。……なんでさ。当然士郎は横を向いてツッコミを入れた。
イリヤはそんなふたりのエミヤを放っておいて自分の夢に浸っている。軽く実現可能な夢、なんたってイリヤはアインツベルンの当主、お嬢様だ。自分のお城だって持っているし。
けれど傍目から見ればささやかな願いは、彼女にとってはかけがえのないものだった。兄、そして弟たちと旅行に行きたい。たったそれだけの願いをイリヤは叶えられずにいた。
それを知っているから、アーチャーも士郎もとてもじゃないがイリヤを無下になんて出来やしないのだ。
「サマードレスを新調して海で遊ぶの。貝殻拾いとか、他にもたくさん! ねえアーチャー、シロウ、一緒に行ってくれるでしょう?」
「……ん」
「む……」
イリヤのサマードレス姿。白いロングスカートで裾がひらひらと潮風になびき、頭には大きな麦藁帽子。
小さな足にはサンダルを履いて、波打ち際ではしゃぐ姿が目に浮かぶようだ。
その姿を想像してしまえばふたりのエミヤはもう抵抗できない。ふたりとも、両手を上げて降参した。
「わかったわかった。行くよ、一緒に」
「やった! もちろんアーチャーも一緒よね?」
「ああ」
うれしいわ、わたし、とっても。
そう言って笑うイリヤの顔は明るさに満ち溢れていて、まるで幸福の見本のようだった。
「……うれしいわ。わたし、本当に、……とっても」
「イリヤ?」
たずねた士郎に少しの沈黙を返し、イリヤは再び微笑んだ。
夏の。
ひまわりのように。
「アーチャー、シロウ。わたし、あなたたちと約束できるのがとってもうれしい。たとえそれが叶わない約束かもしれなくても、ね」
笑ったままでイリヤは言った。そうして、目前のアーチャーと士郎、ふたりの首に手を回す。
もちろんそれは届かなくて、それでもイリヤは満足そうにふふ、と目を閉じて笑うのだった。
「……イリヤ」
アーチャーが、ふとつぶやく。それにイリヤは目を開けた。
なあに、と視線で問いかけてくる彼女に、アーチャーは。
「行けるさ。きっと、いつか。叶わないなんてそんなこと言わないでくれ」
「アーチャー」
「うん。今じゃなくてもきっと行ける。俺たちが連れていくから、イリヤは待っててくれればいい」
「……それって、いつまで?」
「いつまでもだよ」
「ずうっと?」
「ずっとさ」
士郎が言って、アーチャーが繋げる。それにイリヤは眉を寄せた。
眉を寄せて、くしゃり、と令嬢らしくなく、笑ってみせた。
「だったらお姉ちゃんとしては、どっしりかまえて待ってなくちゃね」
「うん」
「ああ」
「まったくもう!」
この子たちったら!
イリヤは叫んで、アーチャーと士郎に向かい飛びついた。いきなりのダイブにふたりのエミヤは彼女を受け止めきれず畳に転がる。転がって、頭を打って。
顔を歪めて起き上がろうとして、上に乗ったイリヤの笑顔にそれをあきらめた。


「大好きよ、わたしの大事な兄弟たち!」


今年の夏。
暑ければ暑いほど、きっと楽しい夏になる。


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