Rin,Lancer 
いくら暑いからといってキャミソールにハーフパンツといった格好ははしたないと思うのだが。


己のサーヴァントがそう言うのはわかっていたけれど、なんてったって暑いのだ。
遠坂凛は冷蔵庫から麦茶の入った瓶を出しながら、はいはいとそのお説教を聞き流す。まったく、自分だって黒の上下(しかも長袖!)だなんてよっぽど暑苦しい格好をしているくせに。
最近きついポケットマネーから捻出して涼しげな格好でもさせてやろうかしら、と思うくらいには最近の気温は高かった。
「うあー……それにしても暑いわね。溶けちゃいそう」
「凛、淑女がそのような台詞を口にするものではないぞ。第一心頭滅却すれば火もまた涼しと言ってだな……」
「まるであんたのためにあるような言葉よね」
凛!と声が飛んでくるのを、コップに注いだ麦茶を飲むことでスルーした。
「大体あんた、何なの? Mなの? そういうプレイなの? こんな夏にそんな格好だなんておかしいわよ。見てるだけで暑いわよ」
「なっ」
――――にを、いっているんだと。
言いたかったんだろうけど、それは喉の奥に詰まってしまったらしい。驚いたのか、それとも図星か。一体どっちだろう。
「よう嬢ちゃん。オレの恋人をいじめないでくれるかい」
出た。
「暑苦しいのがまた増えたわね」
増えたのである。
「ていうか、わたしのアーチャーだから」
「オレの恋人だぜ」
ななななな、とさっきから凛のサーヴァントは壊れたラジカセと化している。突っ立ったまま顔を赤くして動かない。いや、両手だけがぐうっと握りこぶしになってわなわなと震えていた。
「証拠を見せてやるよ。ほれ」
と、言って。
不埒な猛犬は凛のサーヴァントの元へ歩み寄っていって、シャツの襟元に指をかけた。
覗ける褐色の素肌、そこには。
「…………」
ガンド充填。
発射、よーい。
「撃ーっ!」
ちゅいんちゅいんちゅいん、と連続した破裂音が炸裂する。それを猛犬は凛のサーヴァントごと全て避けていた、忌々しいことに。
「あんたってば、いきなり何してくれてんのよ!」
「うん? 嬢ちゃんはこれを見てもわからないくらい初心だってのか?」
「そういう問題じゃないわよ馬鹿なの死ぬの!? 人のサーヴァントに何してくれてんのってことよ!」
凛のサーヴァントはすっかり固まってしまっている。ぴくりとも動かない。
「何って、キ」
「言わなくてもいいーっ!」
ちゅいんちゅいんちゅいんちゅいん、再び破裂音。
体中にその……キス?してくれただなんて、ハレンチにも程があるのだ。それにきっとこの猛犬ならそれだけじゃ済んでない、絶対。
「アーチャー、あんたもなんで抵抗しないの! もしかして虫刺されの痕隠しなの!? その服装はそういう意図なの!?」
「違う!」
初めてそこで凛のサーヴァントが叫んだ。ぐっ、とこぶしを握りしめて。
「違わねえよ。なあ? ……アーチャー」
ふうっ。


「…………!!」


耳に。
吐息。
大きな蚊……もとい猛犬は、凛のサーヴァントに不埒な攻撃を仕掛けて、にいっと笑ってみせた。
「……た」
「た?」
「たわけーっ!」
一瞬で概念武装、弓モードに変身した凛のサーヴァントは猛烈な勢いで猛犬に矢を放つ。矢鴨ならぬ矢狗にせんとばかりの猛攻にしかし猛犬は笑いながら素早く逃げていった。
「……とにかく」
その後を追っていった己がサーヴァントの背を見つめつつ、凛は思った。
「あの駄犬、絶対に殴っ血KILL……」
それは可憐かつ壮絶な笑顔だったという。


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