イリ弓VS槍弓・士弓ちょっと香る程度?のハロウィン限定御礼小話はじまるよ!
パラレルもいいところだけどそれ以上にアレでナニでぐだぐだなのでワンクッション!

ハロウィン2007

01.
ある森に、小さな小屋がありました。
そこにはアーチャーというひとりの料理上手な男が住んでいました。たったひとりで。
アーチャーの他には誰もその小屋にはいません。アーチャーは、ひとりが好きでした。
花に水をやり、通ってくる動物たちに餌をあげて、部屋の掃除をし、洗濯物。

「TRICK OR TREAT!」

ふと聞こえてきた子供の声に、もうすぐハロウィンかとアーチャーは思います。
けれど、そんなことはアーチャーにとって何の関係もないのですぐに彼はその考えを頭の中から消してしまおうと―――――
「そうはさせないわ!」
そのとき、叫びと共に窓を破って入ってきたのは、長い白銀の髪をした小さな背の少女でした。まるで人形のようにきれいな彼女は、自らを魔女だと名乗ったのです。
「本名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだけれど、イリヤでいいわ」
そしてこちらがお供のバーサーカー……そう紹介されたのはイリヤとは不釣り合いとしかいいようのない巨躯の男でした。
普通、魔女のお供といったら猫だとかそういうかわいい動物ではないだろうか?
アーチャーがぼんやりとそんなことを考えていると、イリヤは指をぱっちんと鳴らしました。
するとなにもない空間から古ぼけた羊皮紙登場。
「えー。おめでとう。あなたはハロウィン実行委員会に選ばれました」
「……なに?」
「アーチャー。あなた、お菓子作りが得意でしょう?」
アーチャーは驚きました。名前はともかく、後者のことは隠し通していたからです。
かあと赤くなって何故、とつぶやくとイリヤはうふふと笑います。
「わたしはなんでもお・み・と・お・し、なのよ」
鼻の頭にちょんと人差し指を当てられ、アーチャーは呻きます。ううう。
「かわいいアーチャー? まずはわたしの説明を聞いてね」
まるで黒猫のあくびのように、イリヤはゆっくりと微笑んだのでした。


02.
「モンスターたちに?」
「そう、お菓子を配ってもらうわ。もちろんお手製の心がこもったものじゃないと駄目」
「……何故だね」
「そう決まっているからよ」
「……横暴だな」
「魔女ってそんなものじゃない?」
うふふと笑うイリヤ。そんな話は聞いたことがありませんでしたが、魔女が言うのならそうなのでしょう。
「モンスターだって幸せになりたいわ。たった一日くらい大騒ぎする日があるんだもの、ついでに幸せ持ってきてもらったっていいじゃない。だから頼んだわ、アーチャー」
「……了解した」
アーチャーはあきらめのいい人間でした。眉間の皺を指先で揉むと、戸棚からエプロンを取りだしてお菓子作りの準備にかかります。
イリヤは両手を高々と上げてわーいわーい、と喜びの声を上げると、椅子に飛び乗るように座って頬杖をつきます。
そしてくるりと指先一回転で魔法のダイヤル。
「Guten Tag? ハイ、キャスター。こっちの話はついたわ。ええ。……いやね、そんなに誉めないで。照れるじゃない。ええ、ええそうね。こっちはわたしにまかせて、あなたは今年は旦那さまとゆっくりしてるといいわ。なに、恥ずかしがることないじゃないの。いまさらだわ。それじゃ。……お幸せに」
「今のは?」
「同僚よ。本当はこの仕事、彼女の担当なんだけれどもね。今年は新婚ほやほやだっていうから、わたしが代わってあげたの」
紅茶を淹れながら問うアーチャーに澄まして答えるイリヤ。奥様は魔女……どこかで聞いたフレーズが頭の中を回ります。
「Danke」
とん、と置かれた紅茶とかぼちゃのシフォンケーキに、イリヤは礼儀正しくお礼を言いました。
紅茶をひとくち、目を丸く。次いでシフォンケーキをひとくち、またも目を丸く。
「美味しい……!」
「そうかね」
なんでもないように言うアーチャーですが、顔は微笑しています。
イリヤはにこりと笑って言いました。
「これは期待できそうね」


03.
タルトとキャンディ、それとシフォンケーキを持ってとことことイリヤとアーチャー、そしてバーサーカーは道を行きます。イリヤはバーサーカーの肩に乗って、アーチャーを見おろすと言いました。
「それだけあればこの先は安泰ね」
「そうなのか」
「ええ。正直、そんなに作ってくれるとは思わなかったわ」
律儀ねあなたとイリヤが微笑めば、アーチャーは軽く赤面して咳払いをひとつ。
「あ……ある分には問題ないだろう?」
その、君の供のような大きなものもいるかもしれないし。
イリヤはきょとんと赤い瞳を丸くすると、くすくす笑い始めます。
「やさしいのね」
「な」
「そしてやっぱりかわいいわ、アーチャーったら」
投げキッスひとつ。
「……どうして避けるの」
「あ、いや。すまない」
「答えになってない」
「いや……その」
じとりと睨むイリヤに考えこむと、慌ててアーチャーは答えました。
「魔女のキスというのは、呪われそうで」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「下ろしてバーサーカー」
イリヤはとん、と地面に下り立ちます。じりじりじり、と追いつめられるアーチャー。
「イリ、ヤ……?」
「そんなに呪ってほしいのなら呪ってあげる」
わたしの呪いは凄いわよ?
艶然と笑ってイリヤは、アーチャーの顎に指を這わせたのでした。


04.
さて、よりみちはありましたが三人の旅路はつづきます。
アーチャーが何故か憔悴していましたが、それはそれ。放置です。そういうものです世の中。
「あ」
イリヤがなにかを見つけたようで、おーいと手を振りました。
「シロウ!」
シロウと呼ばれたのは、一匹の小悪魔。
どうやらイリヤの知り合いのようで、彼女の声に気づくと手を振り返しました。おーい。
「走ってバーサーカー! あ、アーチャーもおねがいね」
「■■■■■―――――!」
「は? 私は自分で走れ……おい、こら! イリ……」
ヤ、というつづきは風圧に消えました。アーチャーをイリヤとは逆側の肩に乗せて疾走するバーサーカー。
ものすごい勢いです。
アーチャーは思わず必死になってバーサーカーにしがみつきました。そして、悲劇は起こったのです。
「あ」
はねました。
バーサーカーは急に止まれない。イリヤは目と口を丸く開けて、アーチャーは呆然と、バーサーカーにはねられたシロウがすっ飛んで行く様子を見守りました。その様はまるで流星のよう。
「……羽根があるんだから飛べばいいのに」
ぽつり、とイリヤがつぶやいたころには、シロウは地面に激突していました。しょぎょうむじょう。
「Das Verheilen」
イリヤが呪文を唱えると、ふわりと緑色の光が灯ります。するとシロウの傷がみるみるうちに回復していきました。
いててて、と慣れた様子のシロウをアーチャーはちょっと気持ち悪いものを見るような目で見つめました。
「ごめんねシロウ。バーサーカーにはよく言い聞かせておくわ」
「いいって。いつものことだし」
「……いつもなのか」
思わずアーチャーがつぶやくとシロウは、ん?という顔でアーチャーのほうを見ました。そしてイリヤを見て、アーチャーを見て、イリヤを見て、アーチャーを見て、イリヤを見て。
「今年の生贄はあんたか……」
同情心まるだしでぽん、と肩に手を置かれて、とりあえずこいつは気に食わないと思ったアーチャーでした。


05.
「生贄なんて失礼ね。わたしはちゃんと相手の意思を尊重して協力してもらってるわよ」
ねえアーチャー?と聞かれてとりあえずうなずいておくアーチャー。シロウに同意するのはなんとなく気に食わなかったので、その正反対のイリヤに同意したのです。
まだ、そうか?などと言っているシロウにイリヤはぷうっと頬を膨らませます。
「本当にシロウってば失礼なんだから! そんなこと言ってるとお菓子、あげないわよ!」
「あはは、ごめんごめん」
ぽかすかとシロウを殴るイリヤ。笑うシロウ。なんだかやたらほのぼのです。
アーチャーは居づらくなりました。もぞもぞします。
「アーチャー!」
そんなところに抱きつかれて変な声が出ました。うわ、とか、ひあ、とか。文字にしづらい声です。
嬌声いうな。
「お菓子ちょうだい。シロウにあげるから」
「あ、ああ」
「あと、そんなにさびしそうな顔しないの。かわいいわね」
んー、と唇をアーチャーの頬に寄せるイリヤ。また呪われてはたまらないと逃げるアーチャーを楽しそうに追うイリヤでしたが、背後からやってきたシロウにはがいじめにされてじたばたと暴れます。
「やー! レディになにするのシロウ! ゆるさないんだからー!」
「はいはい、わかったわかった」
「わかってないー!」
とん、と地面に下ろされたイリヤはむうっと不機嫌な顔。帽子を取るとその頭を撫でて、シロウは言いました。
「TRICK OR TREAT」
アーチャーはイリヤショックにしばし呆然として、はっと気づきます。ああとバスケットの中からタルトを取りだして、シロウに渡しました。
「あんたも大変だな」
苦笑いするシロウ。それにつんと横を向いて、アーチャーは言いました。
「ふん。同情はいらん、さっさと食べるがいい」
ツンデレです。シロウは苦笑いしたまま、タルトを口にしました。
「ん……っ!?」
とたんカカッと走る稲光。シロウ?と乱れた髪を直しつつ不思議そうなイリヤ。アーチャーも不安げな表情になります。なにか、失敗しただろうか……?
「不味かった、か……?」
おずおずとたずねます。上目遣いで。結構ありえないシチュエーションです。けれど料理についてはかなり自信があったので、勢いそんな感じになってしまいました。ということで。
口端にタルト生地のくずをつけたシロウは、首をぶんぶんと振ってそれを払い落として、言いました。
「なんだこれ」
「……は?」
「なんでこんなに上手く作れるんだ!?」
アーチャーは目を丸くしました。


06.
「なんでだ!? 教えてくれ!」
がっと肩を掴まれてアーチャーは目を白黒。ですが、やがてその表情がうれしそうなフフン顔に変化していきます。
あ、うれしいのね。とイリヤはついでに帽子も直しながら思いました。
あ、うれしいのか。とシロウは掴んだ肩を離さず思いました。何気に至近距離で。
「悪いが、簡単に教えるわけには行かんな。企業秘密とまでは行かんがこちらもいろいろと手を尽くして―――――」
「なら、教えてもらえるまであんたについてく」
「……は?」
ぐらん、とイリヤの帽子が目深にかたむきました。アーチャーもふたたび目を丸くしています。
ちょっとシロウ、とつかつかシロウに歩み寄るイリヤ。
「いいの? あなたそんなこと勝手に言って、あとでリンに大目玉食らうわよ?」
「う……っ、だけど、あのあかいあくまの恐怖もこの味の秘密には敵わない!」
「サクラはどう思うかしら」
「桜は許してくれるだろ、なんたって心優しい天使なんだから」
「……悪魔の妹がどうして天使なのかしらね? 不思議ねシロウ。ところで天使のような悪魔の笑顔、って知ってる?」
「う」
どうやら、リン、というのが悪魔の姉で、サクラ、というのが天使の妹のようです。姉妹で種族が違うとは、確かに不思議な姉妹です。考えるアーチャーの目の前で、イリヤはぽんぽん言葉を投げながらシロウにつめよっています。
ねえシロウ?どう思うシロウ?わたしはこう思うわシロウ?ねえシロウ?ねえシロウ?ねえシロウ?
年齢的にも身長的にも相当自分より小さいイリヤにやりこめられて、シロウはかなり形勢不利のようでした。
なんだかそれが不憫になって、なんだか自分と重ねてしまって、ついアーチャーは助け舟を出してしまったのです。
「邪魔にならないならついてくるといい」
「え?」
「ちょっと、アーチャー!」
目をまばたかせるシロウと、慌てるイリヤ。素早くアーチャーの元へ駆け寄ってくると、ひそひそと内緒話。
「いいのあなた? シロウってば、結構しつこいのよ? あなたの秘密、暴かれちゃうわよ」
「……味の秘密と言ってくれないか。しつこい……確かにそう見える。だが、私も大概口が堅いほうでな」
そう簡単に教える気はないよ、と微笑むのにイリヤはぱちくりとまばたきをしました。その表情が何故だかシロウに似ている、と思うアーチャーにイリヤは肩をすくめます。
「そこまで言うのなら仕方ないわ」
正座していたシロウに、イリヤはびしりと指をつきつけます。
「いいわシロウ! このわたしについてきなさい!」
いや、あなたにでは……。
内心でツッコミを入れるシロウとアーチャーなのでした。

こうして、旅のお供がひとり増えました。


07.
魔女とそのお供、それと人間、そして小悪魔が道を行きます。
人間と小悪魔は料理談義中。小さな魔女はそれに口を出しながらもくすくす笑っています。と、彼ら彼女らの耳に騒がしい喧騒が届きました。
おや、と手をかざして遠くを見るイリヤ。また知り合いかね、と口を出そうとして、アーチャーはありえないものを見ました。
自分にそっくりな、露出度の高い服を着た、黒い羽根と尻尾を持った男がひとり。狼男と……それにそっくりな吸血鬼らしき男に挟まれています。
むしろはべらせています。
「帰ろう」
「どこへ帰ろうというの」
「どこか……なにも醜いものも汚いものもない……私の理想郷へ……」
「そんなものないの! 夢見るのはやめなさいアーチャー!」
「止めないでくれイリヤ!」
「俺もその年になって夢を見るのはどうかと……あ、でも個人の自由だよな……だけど……」
ぶつぶつ言いながら逃げようとするアーチャーの服の裾を掴むイリヤ、アーチャーと似たような様子でぶつぶつとなにごとか言っているシロウ。
と、向こうのほうがアーチャーたちに気づいた様子で声をかけてきました。
「おい、そこにいるのは魔女じゃねえか?」
狼男が手を振ります。Guten Tag、と手を振り返すイリヤ。石化するアーチャー。
「気づかれちゃったものは仕方ないわ。あきらめなさい」
「あきらめきれるか……!」
「バーサーカー、おねがい」
ひょいとアーチャーをつまんで歩きだすバーサーカー。イリヤは満足そうにうなずくと、そのあとをついていきます。
シロウはため息をつくとつづいてそのあとを歩き始めました。
なんかこいつ、俺と似た匂いがするなあ。と、思いながら。


08.
「オレは狼男のランサー。……で、こいつも納得いかねえが、ランサー……だな?」
無言でうなずく吸血鬼。若干狼男より色味が黒ずんでいるので黒いランサーと呼ぶことにします。
「で、こいつがあれだ。淫魔だ」
「なんだランサー。もっときちんと紹介してくれないのか?」
簡潔に言ってそっぽを向くランサーに淫魔と呼ばれた黒いアーチャーもどきが腕を絡ませます。尻尾がうねって、それも腕に絡みつきました。
と、ものすごい勢いでランサーが黒いアーチャーもどきを睨みつけます。
「うるせえ淫魔! まとわりつくな!」
「つれないなランサー……そんなところも愛しているが。ふふ」
「あああ気持ち悪りい! オレはな、そんなおまえが大嫌いなんだよ!」
この尻軽!と黒いアーチャーもどきが怒鳴られているのを見て、シロウはうわあという顔をしました。ずたぼろです。
何故こんなにもひどいことを言われて黒いアーチャーもどきは平然としていられるのでしょう。どMですかと。
そういえばとシロウは地面に下ろされたアーチャーを見やります。
(うわあ……)
さっきとは違う意味でシロウはうわあという顔をしました。アーチャーは耳まで真っ赤になっていました。
怒りにか羞恥にか、その体はわなわなと震えています。すごい形相です。
それはそうでしょう。自分と同じ顔の相手が知らない男にすりよって、いきなり淫魔だの尻軽だのと罵られているのです。
これでうれしかったらどMです。
「アーチャー?」
さすがに心配そうにイリヤがたずねたとき、それは起こりました。
「いい加減にしないか、この破廉恥の権化が―――――!」
カカッとまたもや稲光。
バーサーカーの拘束をぶっちぎってアーチャーは跳びました。そして膝蹴りで黒いアーチャーもどきをふっ飛ばします。
「アーチャー!」
驚いたように叫ぶイリヤ。やっちゃったな、という顔のシロウ。目を丸くするランサー、面白そうな顔をする黒いランサー。
約一名だけが余裕綽々ですがおいといて。
スローモーションで着地したアーチャーは涙目でした。息が相当荒いです。
そんなアーチャーをランサーはじっと見つめていました。
と。
「……惚れた」
そうひとこと、ランサーはつぶやいたのです。


09.
「は?」
イリヤ、シロウ、アーチャーがきれいに三重奏する中、情熱的な光を赤い瞳に宿したランサーはアーチャーにつめよります。
「おまえに惚れた。……名前はなんていうんだ?」
「アーチャー……だが……」
「アーチャーか。……あいつと同じ名前たあ、ちょいと不吉なものを感じるがいい名前だ」
まああいつ黒いしな。そう言って黒いランサーに痛いだのここをさすってくれだのとしなだれかかっている黒いアーチャーもどきを見やるランサー。黒いランサーはなんだかんだ言いつつも楽しそうです。痛いか、だのここか?だの低音でささやきつつ黒いアーチャーもどきのいろいろなところをさすってあげています。
「あの……アレ……いいのか?」
「あ? いんだよ。どうせあいつはオレでもあっちのオレでもどっちでもいいんだ」
おそるおそるたずねるシロウに、ランサーはけっと吐き捨てました。すかさず黒いランサーにしなだれかかりながらもあだっぽい視線を送ってくる黒いアーチャーもどきからひたすらに視線を逸らして。
「拗ねているのかランサー? そんなところも愛しているぞ」
「オレはそんなおまえが大嫌いだ。それでもってこいつにいましがた惚れたところだ、あきらめな」
アーチャーの手を握って言いきるランサー。アーチャーは顔を真っ赤にしたまま口をぱくぱくとさせています。
Ein Goldfisch?つぶやくイリヤの帽子がずれました。
「き、君は」
「ん?」
「あれだけ蛇蝎のごとく嫌っている相手と同じ顔の相手に、何故、惚れたなどと言うのだね!」
「別に顔が嫌いなわけじゃねえ。その在りかたが気にくわねえだけさ」
あっちにもこっちにもいい顔する、淫乱なところがな。
言い捨てたランサーは、だがおまえは、とつぶやきます。
「なんていうか……気が強そうで、なのに脆そうでついでに潔癖そうなところに惚れた」
「……ついで?」
「あいつの反動だろうな」
くねる尻尾。黒い羽根で自分と黒いランサーを包みこむようにして笑う黒いアーチャーもどき。
ランサーは露骨に嫌そうな顔をしました。ふさふさとした尾と耳が、げんなりと垂れ下がります。
それをぴんと立て直して、ランサーはアーチャーに熱心に語りかけました。
「そんなわけだ……で、どうだ? おまえはオレをどう思う?」
「ど、どう思うと言われても、その、会ったばかりでは、どうとも」
「いいな……その初心な反応。久々に見る」
耳、さらにぴんと立ちます。きらめく犬歯。アーチャーの足を擦るようにうごめく尾。
まるでダンスを踊るようなポーズでアーチャーを見つめだしたランサーに、我に返ったようにイリヤが叫びます。
「ちょっとそこのケダモノ! 今日あんたたちに食べさせるために持ってきたのはお菓子で、アーチャーじゃないのよ!」
「ケダモノとは失礼だな嬢ちゃん。オレはただ愛をささやいてるだけだ」
「もう! 結局あんただってそこのインキュバス……サキュバス? ……いいわもう、“淫魔”といっしょじゃない!」
「おい! それはねえだろ嬢ちゃん!? オレをあの淫魔と一緒にするか!?」
ちょっと悲痛な叫びでした。
アーチャーはこの始末をどうやってつけよう、とちょっと途方に暮れてみました。
黒いアーチャーもどきと黒いランサーはあいかわらずいちゃついています。


10.
「呪うわよこのケダモノ。いいからとにかくアーチャーから離れなさい」
「それは出来ねえ相談だ、嬢ちゃん。離れたが最後、こいつをさらって逃げだす気だろ?」
「そんな卑怯なことしないわ。盛りのついたケダモノを駆逐するだけよ」
「盛っ……かわいい顔してずいぶんと口が悪いな」
「あら、誉めてくださってありがとう。もっとふるってさしあげてもよろしくてよ?」
シロウはうわあ、という顔以外もう出来ないようです。小さな羽根と尻尾が震えています。本能的な恐怖。
逃げだしたそうですが、あの味の秘密を知るまでは!と懸命に我慢しているようです。健気です。
一方アーチャーはイリヤとランサーのあいだに挟まれてもう息も絶え絶え。味のこととかそんなこと知りません。
シロウのこととか知りません。自分のことだけでいっぱいいっぱいです。
自分もどきと黒いランサーがいちゃついてることとかも知りません。
「早く離れなさいケダモノ。アーチャーが怯えてるじゃない」
「だからそれは出来ねえ相談だって言ったろ嬢ちゃん」
「Ein Tier! いいから言うこと聞きなさい! でないと実力行使なんだから!」
「ほう」
ランサーは好戦的に微笑みます。大きな帽子の魔女っこイリヤになにが出来るのか。完全に侮ってかかっています。
「実力行使とはまたオレ好みだ。いいぜ。……かかってきな」
「そう。言ったわね」
さてその細腕でなにが出来るかな?アーチャーを抱きすくめてにやにやと笑むランサーを見つめて、イリヤはつぶやきました。
「Ein Meteorit―――――」
「ちょっと待て」
「なに」
遺言?とささやくイリヤにランサーは耳と尾を立てて怒鳴ります。見た目は完璧に大人気ない大人です。
「いきなり隕石たあどういう了見だ!?」
「やるなら全力でやるのが相手への礼儀ってものじゃないかしら」
「限度があるだろ! その上だな、そんな見境のない攻撃かませばオレだけじゃなく嬢ちゃんの大好きなこいつも、いや、この森全体が吹っ飛ぶ……」
「あら」
イリヤは髪をかきあげました。可憐に、そして艶然と微笑みます。
「わたしがそんなヘマすると思う?」
なさそうですね。
ランサー、アーチャー、ついでにシロウの心がひとつになりました。バーサーカーはなにを考えているのかわかりません。
黒いアーチャーもどきと黒いランサーはまだいちゃついています。場をわきまえろと。
「なにひとつ間違うことなく、正確に、あなただけを潰してさしあげますわ。……どう? これで安心して逝けそう?」
ふ、と笑うランサー。アーチャーを抱いたままその顔をうつむけて、くつくつ肩を揺らして笑い始めます。
その異様な雰囲気に場は呑みこまれました。
「なあに? 怖くて壊れちゃったの?」
平然と銀糸のような髪を揺らして問いかけるイリヤ。まさか、とランサーはつぶやいてイリヤと同じ赤い瞳で小さな魔女を見すえます。
「俄然燃えてきたぜ。……全力でかかってきな、嬢ちゃん」
まさに獣のように口端をぎりぎりまで吊り上げて笑むと、ランサーはアーチャーの頬をべろりと舐めました。
硬直するアーチャー、こぶしを握りしめるイリヤ、震撼するシロウ、無言のバーサーカー、いちゃつく以下略。
ほんとこのふたりどうしましょうね。
「よく言ったわこのケダモノ!」


……そうして。
森がひとつきれいさっぱりなくなったのは、十月の。
ハロウィンも近い、とある日のことでしたとさ。


end.


ちなみに森の住人たちは奇跡的に全員無事だったということです。おつきあいありがとうございました。



back.