Gilgamesh
「フェイカーよ、服を脱げ」
「何を突然!?」
買い物帰りに突然そんなことを言い出されれば誰だって驚こうというものだ。自分だけがおかしいのではない。むしろおかしいのは英雄王だ。
だが英雄王は自分の発言にまったく疑問を持っていないらしく、むしろ何故自分がそれに逆らうのかわからない、といった顔である。
……無駄に。無駄に逆らえば、酷いことになる。それは今までの体験で散々知り尽くしたことだ、ああ、ああ、ああ!
「……もう一度聞こう。英雄王よ、何を突然、そのようなことを?」
あくまで下手に。すると英雄王は胸を張って、
「この世には“彼シャツ”というものがあるらしいではないか」
「商店街で聞いてきたのか?」
「うむ!」
神様頼みます。このエセアーチャー(四次)から単独行動スキルを奪い取ってください。受肉とかも関係ないようにしてください。
いっそ教会で引き取ってくださいお願いしますと願ってみても所詮叶うものでもない。あそこの監督者は言峰綺礼である。無駄だ。
「詳しくは聞かなかったが、情事を交わす相手に己の服を着せてみて楽しむ行為のことを言うのであろう?」
「あー……うん、そうかもしれないな……」
実はよくわからなかった。わかりたくもなかった。
すると英雄王は四畳半の台所にビニール袋を置いてくたびれている自分に歩み寄ってきて、がばり、と胸元を両手で掴んだ。そして。
「あ……ああああ……!」
バリバリバリー。やめてー。
そんなテンションで自分の服は左右に引き裂かれてしまい、取れたボタンがてん、と、畳に落ちる。
「おい……! このようなことをして、ただで済むと……」
「おまえは裁縫などお手のものだろう? それよりも」
涼しげな、しかし傲慢な笑顔で英雄王は笑う。嗤う。べろりと舌なめずりをして。
「この我が用意した一点物を着るのだ!」
「…………」
うわー。
これはひどい。
パジャマと称される服を着ている自分だったがこれはひどい、と英雄王が差し出してきた服を見て思った。派手すぎる。それも……嫌な意味で。どうしようもなく嫌な意味でだ。
「……英雄王」
「何だ?」
「これは、君が気に食わないから私に押し付けようとしているのでは……?」
「何を言う!」
俄かに激昂する英雄王。ガタン!とちゃぶ台に足をぶつけた。足の脛を。
痛そうにうずくまる英雄王を、可哀相なものを見る目で見てしまったのはきっと――――間違いなんかじゃ、ないんだから……!
「そのジャー……黒服は」
「これは我の気に入りのカジュアル服である」
「鎧は」
「あれはセイバーと相対するときにしか見せぬと決めている」
「じゃあ何も着るな!!」
「うおっ」
目を丸くする英雄王。今度は自分が激昂したからだろうか?
丸くした目をぱちくりとさせていた英雄王はしかし、その目を細くして睨み付けてくる。
「……結局の話。この一点物は着れないということだな?」
「当たり前だ」
「どうしてもだな?」
「くどい」
「ならば無理矢理着せるまでよ!!」
ザラララララ……。
「な!?」
どこからともなく現れた鎖に拘束され、露出した素肌に金属が冷たい。思わずひく、と声を上げてしまった自分を嘲笑い、英雄王は指で首筋をなぞってくる。
「神性がない貴様にはあまり効力はないだろうがな。それでも動けはせんだろう?」
「卑怯……だぞ……!」
「そのようなもの、我には褒め言葉よ」
ああ。
そうですね。暴君には褒め言葉ですよね。
「ん……」
唇を奪われ、破られたせいで中途半端に体に引っかかっていたシャツが剥ぎ取られる。それから先はスラックスだ。下着と共にゆっくりと、羞恥心を煽るように降ろされていく。
「何だ。これはどういうことだ? 口では抵抗しながらも体は反応しているではないか。たゆまぬ調教の結果ということか……」
「ふ、っ」
舌を噛んで死にたい。でもそれで死にきれなかったらその体をこの男に、暴君に自由にされると思うと――――!
耐えるしかない。それが自分に残された、ただひとつの道なのだった。
「おお! 我ほどではないがよく似合うではないか。どれ、記念に写真でもひとつ……」
「写真!?」
「安心せよ。ばらまきはせん。我自身、我ひとりが楽しむためだけに使う」
「それも嫌だ――――っ!!」
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