Lancer
「服」
どすどすどす、と足音も重く居間にやってきたランサーは、期待五割戸惑い五割でそう言った。まっすぐアーチャーの方を向きながら、その目はどこか泳いでいる。矛盾?言うなかれ。恋する男というのはそんなものなのである。
「ん?」
それに洗濯物を畳んでいたアーチャーはぽん、ととりあえず畳んだタオルを膝に置いてふっかりと慣らすと、首を傾げた。
「服、とはどういうことだ? ……ああ、着たい服をちょうど洗濯されてしまったとかか?」
それでも君は衣装持ちなのだから他の服で我慢してくれとの言葉に、大きく左右にぶんぶんとランサーは首を振る。おかげで後ろ髪が、ものすごい勢いで鞭のように振り回され、ピアスもバシバシと彼自身の頬にぶつかった。
ぽかんとアーチャーはそれを見ている。ちょっと怖い。そう思った。
「そうじゃねーよ!」
ぐっ。
鼻の先と先とがくっつきあうくらいに身を寄せられてどきりとする、だがそれは次の瞬間すぐに霧散した。
「彼シャツ」
「は?」
時が止まった。少なくともアーチャーのものは。
ランサーは最速の英霊らしくべらべらと立て板に水のように話し、結果アーチャーの時の止まりっぷりを加速させている。
「いやよ、この前な? 嬢ちゃんたちが読んでた雑誌に書いてあったんだわ。恋人……彼氏のシャツを着るのが彼シャ」
「だが断わる」
「何故!?」
最速のサーヴァントに最速で勝った。
それを誇ることなく、アーチャーは再び洗濯物畳みに戻りながら、
「それは可愛らしい女子がやるからいいものだ。私のような厳つい男などがやっても害悪にしかならな」
「んなことねえよ」
「なっ、」
ランサー!?
腰を捉えて、押し倒すように。
畳すれすれ、くちづける擦れ擦れの距離を保って。
「絶対似合うから。な?」
“パジャマ”と称される野暮ったい、それでも逆に扇情的な黒いシャツの裾に指をかけ、ランサーはにやりと微笑んだ。そのままでするすると、臍が見えるところまで上げていってしまう。
「ラ……ランサー! やめないか! こんなところで、誰か来たら……っ」
「大丈夫だって。ルーンで結界張ってあっから」
「そんなことでルーンを……!?」
「んー、いい肌の色だ」
そこで臍の間際をべろりと舐め上げ、アーチャーに「ひっ」と詰まった声を上げさせてから、布地と肌の隙間にめいいっぱい広げたてのひらを差し入れる。そしてもごもごと動かすことでぷちん、ぷちん、とボタンを外していきながら。
「――――れ」
口の中に飛んできたボタンを、舌を使うことで外に出してランサーは獰猛に笑う。唾液にまみれたボタンは、てん、てん、と音を立てて畳に転がり、どこか遠くへと行ってしまった。
「っ、と」
ランサーは自分のシャツに手をかける。そうして。
「――――ッ!」
がばり、と脱がれた白いシャツ。露わになった白い肌。
ボタンを全て外したことで同様に露わになった褐色の肌、に。
注がれるランサーの視線。
注視するかのごとくじっくりとっくり見据えて、自分が脱いだばかりの白いシャツを差し出した。
「おら」
「…………」
「着ろよ」
彼シャツ彼シャツ、と嬉しそうに、あまりに嬉しそうにランサーが言うので、「嫌だ」だとか「それは」だのと言えずに、アーチャーはぐっと息を呑む。
どうしようもなくなって、体温が残ったランサーの白いシャツを受け取った。
かっれシャツ!かっれシャツ!
期待と憧れでわくわくしている赤い瞳の前で、仕方なくアーチャーは白いシャツを頭から被る。するり、それは通った。
だが。
「…………」
「…………」
「…………」
「……おい、どうしたよ」
「……いや、その」
む、胸が。
ランサーは。
ぽかんと、赤い瞳を丸くして。
「む、胸ェ!?」
「いや、入らないんだ……」
「は」
「ほら、見てみろ……」
言われて、ランサーはアーチャーの胸元にかぶりつきで見てみる。すると確かにそこはパツパツ。元々ランサーからしてパツパツなデザインなのだ、それ以上の胸囲を持つアーチャーならば。
「何……だよ」
「え」
「何だよ、この巨乳! ボイン! うしちち! 牛乳に相談だ!?」
「いや、意味がわからんぞランサー!?」
「ええいもういいから脱げ! おまえの肉体美は充分堪能した! だから脱げ!」
「ラ、ランサー!? 何をいきなり怒りだして……というか脱がしたのは君っ……あぁ……っ……!」
彼シャツを見られなかったのが余程悔しかったのか、半涙目で(自分の)白シャツをビリビリーやめてーなテンションでアーチャーから剥ぎ取ろうとするランサー。その背後で。
「何をしているのランサー?」
「おう! たった今オレの夢が破れたところでな! 新しい夢にこのまま移行しようかと……」
「そう。新しい夢って、なに?」
「――――え」
振り返ればそこには、制服姿で鞄を持った遠坂凛と済まなさそうな顔をした衛宮士郎。
「衛宮くん、これ持ってて」
「……ほどほどにな、遠坂」
「うふふ。残・念・だ・け・ど。そ・れ・は・無・理」
キュイイイイン、魔術回路の発動と共に淡い輝きが凛の顔を照らす。
「……死になさい、ランサー」
バキュンバキュンバキュンバキュン、
安定のガンドオチでした、ということで。
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