Shiroh
「あっ」
「? ……うわっ」
ばしゃん。
「何事ですか、今の声は…………? シロウ、それにアーチャー。ふたりともどうしたのです? そのように、そろってずぶ濡れになって」
「いや、その、詳しくは聞かないでほしいんだけどセイバー……」
「…………」
つまりはこういうことだ。
衛宮邸、休日の昼間。気温は二十度前半を保つうららか陽気。家主である衛宮士郎は朝から働き大体の家事を終え、さてどうしようか、などと考えていた。うーん、どうしよう。……よし、そうだ!
「はあ……それで、水まきですか……」
「まったく、ずぶ濡れになるのならひとりでなってくれればいいものを。どうして私を巻き込む、衛宮士郎?」
「そんなこと言ってもわざとじゃないんだから! 仕方ないだろ!」
庭でエミヤふたりとセイバーは呑気にそんなことを言っていた。ちなみにお風呂を沸かし中。
「あーあ、それにしても頭からずぶ濡れだな……これはすぐ洗濯機コースだ」
「おまえなど乾燥機でそのままからからにひからびてしまえ」
「……おまえな、水ひっかけられたくらいでどうしてそこまで大人気なくなれるんだよ」
つんっとそっぽを向くアーチャー。勢い喧嘩を買いかける士郎だったが、セイバーがまあまあととりなした。
「まあまあシロウ、それにアーチャー。服など脱いで着替えてしまえば済むことです。ふたりはずぶ濡れで家には入れない状態ですし、わたしが取ってきましょうか」
「そんな、セイバーにそこまでさせられないよ!」
「セイバー。そこの小僧はおまえに自分の下着やら何やらを見られるのが恥ずかしくてそんなことを」
「……おまえな、ほんと喧嘩売ってるのか? 何なら買うぞ?」
「まあまあ!」
セイバーが叫んだところで、ピー、ピー、ピー、とお風呂が沸いた音が遠くで鳴った。ふたりのエミヤは顔を見合わせる。
「……おまえが先に入れよ」
「……冗談ではない。おまえに譲られるなど不愉快だ。おまえが先に入れ」
「あのな!」
「シロウ! アーチャー!」
ドン!
爆音が庭に轟き、エミヤふたりがそちらの方角を見てみると。
「いいから、どちらが先でもいいですから早く湯浴みをしてきてください。着替えはわたしが用意しておきますから」
「…………」
「…………」
白いブラウス・青いスカート姿から、甲冑姿になったセイバーさん(エクスカリバー装備)がそこにいた。
エミヤは顔を見合わせ、セイバーを二度見し、無言でうなずいた。
「……何だ、この服は?」
「えっ? ……あっ」
結局先に士郎がお風呂に入り、その間にアーチャーがシャツだけを脱いで庭先で絞ることとなり。
いつもの服を用意されていた士郎が湯上りのほかほかな体で袖を通していると、アーチャーの尖った声が彼の耳に聞こえてきた。
「何だよアーチャー、セイバーにまであたることないじゃ…………?」
声を荒げかけた士郎の顔がぽかんと間の抜けたものになる。
セイバーがアーチャーに差し出していたのは、今士郎が袖を通しているものと同じものだった。
「私にこれを着ろというのかセイバー? 君までが、一体何の冗談だ?」
「いえ、これは間違いでして! 決して悪気は――――」
「ちょっと、庭先で何やってんのよあんたたち」
そこで新たな闖入者がやってきた。
「遠坂」
「凛」
エミヤふたりにそろって呼ばわれ、出先から帰ってきた姉妹のうちの姉、遠坂凛が微妙な顔をする。
「変なユニゾンで呼ばないでよ、気持ち悪い……で、何やってるのって聞いてるんだけど」
「それはですね凛、その――――」
かくかくしかじか。
「へえ。……アーチャー、いいじゃないの。せっかくセイバーが用意してくれたのよ? 着ればいいじゃない」
「なっ、凛!?」
アーチャーがその言葉に鋼色の目を剥く。同じく士郎もだ。
「何言ってんだ遠坂! サイズ的に無理だろ絶対!」
「大丈夫大丈夫、根性で何とかなるって!」
「いや絶対無理だ! 根性論で物を語るな!」
「わたしも無理だと思いますよ、姉さん……」
「あら? みんな知らないの?」
????凛を除いたその場の全員が何を言い出すのかという顔をする。凛はその空気をまったく気にせず、言い切った。
「今、“彼シャツ”っていうのが流行ってるんでしょ? 士郎とアーチャーは運のいいことにそういう仲だし――――」
「わーわーわーわーわーわーわー!!」
「何を言っているのだね、凛!?」
「あらやだ。バレてないとでも思って?」
うふふと笑うあかいあくま。それは本当ですか凛!?姉さん!?とセイバーと桜が追従する。それに誠におかしそうに笑いながらあかいあくまは、
「そうなのよ、そういう仲なの! だっていうのにこのふたり、気付かれてないとでも思っちゃって! ……っていうか自分たちでも気づいてないっていうか?」
「と、とおさかっ、なにいってるんだよっ、……あ、あーちゃー、だまってないでおまえもなんとかっ、」
「……わけ」
「は?」
聞き返した士郎に。
「私に何が言えるというのだ、たわけ――――!!」
咄嗟に投影した干将・莫耶の持ち手でまったくの無防備だった士郎の頭をぶん殴りつつ、アーチャーはブロック塀に飛び乗り、そのまま飛んで逃げ去ってしまった。
上半身裸で。
「……捕まるかしら? あいつ」
「それはわたしたちに捕まえられるか、という意味ですか、凛」
「いえ、警察に捕まるかどうか、という意味だと思いますよ、セイバーさん……」
「……なん……でさ」
凛、セイバー、桜。
最後に士郎が呻いて、そのままばたんきゅうと庭先に倒れた。
あかいあくまが“彼シャツもいいんじゃない”と言ったから。
今日は衛宮邸の“彼シャツ記念日”――――。
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