夜道を歩く男は、コートに身を包んでいた。
「なんでだろうな。クリスマスってのは本来今日なんだよな? なのにケーキは半額処分になるし、人間たちはこぞって昨日にホテルに予約を入れやがる」
「さてな」
その隣を歩く男も同じくだ。本当は寒さ暑さなどほとんど彼らには関係ないのだが、この寒さの中、外を歩くのに格好にかまいもしないというのはないだろう。奇異の目で見られてしまう。
てくてくと男ふたりは並んで道を行く。街灯がほんのりと夜道を照らしていた。


ランサーが昨夜のクリスマスパーティーの後、アーチャーを呼びだしたのは衛宮邸の屋根の上だった。片づけ物も士郎と桜の協力であらかた終わり、家へと帰る者たちを送ったあとでのことだ。ランサーも、きちんとそういうことはわきまえていると言えるだろう。
大河たちが眠りについたのを確かめてから、屋根の上へと移動する。するとランサーはもうそこで待っていた。
『明日おまえ、暇か?』
『―――――うん? ああ、別に特に予定はないが……』
『じゃあよ。夜、付き合え。な? いいだろ?』
ランサーは時折ずるい言い方をする。たとえばこんな、アーチャーが断れないような。
どうしても断れないような、あっけらかんとした言い方を。
『……わかった』
断る理由もない、と結論づけてアーチャーは屋根から降りた。そういえば時間を聞き忘れたが夕飯が終わった頃でいいだろう。きっと、ランサーもそれを予想しているはずだ。
一度遠坂邸に戻ってから外出着、コートやセーターやスラックスをクローゼットから引っ張りだす。鏡の前で合わせてみて、おかしくはないはずだと思う。センスに自信がないわけではない。……おそらく。
凛がいれば見立ててもらえたわけだが、彼女は衛宮邸に泊まっていた。だからアーチャーはひとりで唸りつつ服を選んでいた、わけだ。
街灯の下な。
そう言われていたのでそこに出向くと、やはりランサーはすでに白い息を吐いて立っていた。ひょい、と手を上げるので、軽く会釈すると噴きだされてむっとする。大股で歩み寄っていって、その頭をはたいてやった。
「いて」
「何故笑う」
失礼な、と言うとくっくと笑ってランサーは、いや、電話に向かって頭下げてる奴みたいでよ、と口元に手を当ててつぶやいた。一体、どうしてそんなものを見たことがあるのかと聞くとバイト先で。と答える。なるほど。
ひとりアーチャーが納得していると、ランサーはじろじろとアーチャーの頭から爪先までをじっくりと見やる。思わず後ずさって、
「何かね」
「あ? うん、いや。そういう服も似合うんじゃねえか、と思ってな」
いいぜ、とにかりと歯を見せて笑った。
アーチャーは言うことを見いだせず、少し黙ってからそうか、とただひとことだけ、言った。重い空の色のコートは考え抜いた一枚。
「どうした」
「……何がだね?」
「いやよ。ひとりで笑ってるからどうしたのかと思ってな」
めずらしくねえか、と言われてぐっと言葉を呑む。うるさいたわけ、との続きが出てこずにただ軽く唇を噛んだ。
「行くぞ。……行くところがあるのだろう?」
だからわざわざ呼びだしたのだろう、と先へ歩きだしたアーチャーの後を、笑いながらついていくランサーだった。


「人通りもそんなに多くねえな。まだそう遅い時間でもねえってのによ」
「昨夜は溢れかえるほどだったのだろうがな。二十五日などこんなものだ」
「……へえ」
「寂しいか?」
「まさか。そりゃ賑わってる方が楽しいのは確かだが、人がいねえからって寂しくなるようなガキじゃねえ」
言ってランサーは歩きだす。しばらく先を歩いて、振り返った。
不思議そうにアーチャーがその顔を見ると、
「手」
「?」
「引いてやった方がいいかと思ったんだが」
「いらんわ!」
だよなあ、と言いながらランサーはアーチャーの手を掴む。
「な」
「相変わらずつめてえなあ、おまえの手」
「いらんと言っただろうが! 君の耳はどうなっている!?」
「聞こえてるよ。うるせえから怒鳴るなって。ただよ」
「ただ、なんだ」
「オレがこうしたかっただけなんだ」
だからあきらめておとなしくこうされてろ―――――と。
人気のない道で、ランサーは静かに、そう言った。
その手は熱い。ランサーの手はいつでも熱い。冬だとしても、ひんやりとしていたら驚いてしまう。その熱に侵食されていくようでアーチャーは刹那、眉を寄せた。
ランサーに侵食されていくようで。
「……手袋でも、してくるんだった」
「なんだって?」
「なんでもない」
布一枚でも、あればずいぶんと心安らかになったろうに。それにランサーも、おまえの手は冷たいから、などと。
そんな戯言を言わなかったろう。
街灯の下をてくてくと歩く。風はそんなに吹いていない。
木々の葉はもうきれいさっぱり落ちている。
こんな中で、葉をつけている木といえば―――――。
「おお、あったあった」
足を止めて、ランサーは上機嫌に空を仰いで手を振る。そこにあったのは一本の大きなもみの木だった。
電飾に彩られ、目に痛いほどに輝いている。
アーチャーは視界がくらんで、かばうように右手を目の前にかざす。
「どうだ?」
「……まぶ、しい」
「ははっ、そうか」
ぽかんと子供のようにつぶやきを漏らすアーチャーに笑ってみせて、ランサーは満足そうに言う。
「バイト先でよ。今日でもライトアップされてる木がここにあるって聞いてな」
見せてやりてえと思ったんだ。
「……私に?」
「おまえにだ」
ふ、とアーチャーは笑いをこぼす。ふ、ふふ、とつぶやくように笑いをこぼしてみせながら、その身を折った。
ついには大声を上げて笑いだしてしまったアーチャーに、ランサーはぎょっとしたように怪訝な顔をする。
「な―――――おまえ、なんだよ、その態度!」
「ああ、いや、すまない、」
笑う。
目尻に浮かんだ涙を拭って。
「君は意外に、ずいぶんとロマンチストなのだと思ってな」
だが、悪くない―――――。
そう、ささやいたアーチャーをランサーは真顔になって見つめる。そうして、掴んだままのその手に力を入れた。
木の下へ。
もみの木の下へ、引っ張っていく。
「ランサー?」
「もっとロマンチストなところを見せてやるよ」
冗談めかしてそう言って。
顎をつかまえて上を向かせると、ランサーはそっと触れるだけのくちづけを、吐息のようなささやきと共にアーチャーに送ったのだった。


「Merry Christmas」


ちかちかと、色とりどりの電飾がまるで星々のようにふたりの上に降る。



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