愛しているの。
恋しているの。
返さなくていいから、そういさせて。
強請ったりしないから。わたしだけでいいから。貴方の愛はいらない。くれると言うならもらうけど、情けなんていらないの。
情けなんてもらうくらいなら死ぬわ。消える。貴方の前から消えましょう。
でも、残るわ。貴方の中に、わたしは。
そうやってわたしは生き続けるの、素敵でしょ?
ねえ、だから名前を教えて。
愛する人。


「アーチャー!」
後を追いかけてきた少女の声に、男が振り向く。
「メルトリリス……」
「ふふ、やっと名前、覚えてくれたのね」
「あんなに連呼されて覚えないとでも?」
「……だって、あなた、薄情だもの」
「は?」
「何でもない」
ふふっと笑って首を傾げる。そうすれば長い髪がさらりと揺れた。
「ねえ、あなたのマスターは元気?」
「ああ、元気だよ。恨みがましいほど」
「羨ましいほど、でしょう? 言語、間違っているわ」
指摘しては微笑む。
「ねえ、アーチャー」
さらり、さらりと髪が揺れる。
「愛してる、って言って」
「いや、無理だ」
「そうね」
あなた、薄情だものね。
そう言えば男は不満そうな顔になって。
「思ってもいないことを口にする方が、余程薄情だ」
「そうね。わたし、そんなことをあなたが言っていれば腹を切り裂いていたわ」
ぎ、と少女が片足を擡げれば、茨のように音が軋む。
「物騒だな。メルト」
「あら」
ぱちくり、と少女が目を丸くする。
「驚いた。あなたにそんな愛嬌、あったのね」
「馬鹿にしているのかね」
「いいえ、いいえ、……嬉しいの」
とても、と飲み込み、息を呑む。
「ええ……とても、嬉しいわ」
アーチャー。
そう言い、微笑んだ彼女の頬は火照り、花びらのようだった。
「嬉しいわ――――とても」
うっとりと。
蜜を飲んだように彼女の声は浮かれる。
「嬉しいわ……とても」
寂しそうにつぶやき、笑う。
「でも、忘れてしまうのね。この記憶を、あなたも、わたしも」
「……それは」
「だって、これは本当の邂逅じゃないもの。ただのすれ違い。一夜明ければ忘れる夢だわ……だけど」
少女は微笑む。
目の端に涙を浮かべながら。
「わたし、すごく、それが、うれしい」
滲んだ声で、訴える。
「……うれしいわ、とても。泣いて、しまいそう」
「泣いているよ、君は」
「そうなの? ……そうね、くすぐったいわ」
ゆっくりと長い袖を持ち上げ、涙を拭おうとした少女の白い頬に褐色の指が滑る。
驚いたように顔を上げた少女に向かい、照れたように男はそっぽを向いたまま告げた。
「その……なんだ、困る。私の前で、……オレの、前で、そんな顔をされたら」
「…………」
ふふっ。
「あなた、やさしいひとね」
そう言いながら少女――――メルトリリスは、朝の靄に溶けた。


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