「済まない、今日、だけは――――」
わがままを許してほしいと。
言われた言葉を思わず幻かと錯覚した。


夏至。
我らがクー・フーリンの誕生日である。
けれど本人はそう意識しておらず、ああ、そっか、などと目を丸くする程度だった。
「そっか、じゃないわよ。せっかくわたしたちがプレゼントまで用意してあげたのに」
凛はむくれると小箱を投げるようにランサーへと手渡し、続いてセイバー、桜、イリヤまでもがそれに続く。
「……まさかイリヤスフィールの嬢ちゃんまでとは」
「何よ。いらないんだったら返して頂戴」
「いや、いる、いる」
きっと相当の中味である。金銭的な意味ではなく真心的な意味で。
何しろ日頃ランサーをアーチャーを奪っていった犬と嫌い、攻撃を繰り返すイリヤである。彼女が送った誕生日プレゼントとなれば。
中味なんだろ、びっくり箱じゃねえといいけどな。
まあ、そんなことを思ったランサーだったのではあるけれど。
「ケーキもあるわよ。料理も作ったわ。祝ってあげようじゃない、感謝しなさいランサー? 美女たちに囲まれて昇天なさいな」
女好きのあんたには天国でしょう、と凛が微笑んで言えばランサーは真顔で、
「美、女……?」
「なによ」
「いや、美少女。だろ?」
「あら」
さっそくぴりりとし始めた凛だったが、返された言葉に瞬きをする。ランサーはどうもお世辞などで言ったわけではなく、本気で言っているようだったので。
「歓待してあげようじゃない、ランサー? けれど今日だけよ。明日になったら……わかってる?」
「明日からも歓待してほしいもんだけどな」
「そんなわけないじゃない」
笑顔のイリヤ。とにかく、と凛が立ちっぱなしのランサーの腕を引こうとする。
そこに。
「あら、アーチャー?」
黒い上下の、彼がいた。
「アーチャーも参加なさい。ランサーの誕生日パーティーよ? それとも個人で祝いたかった? ふふ」
イリヤが冗談っぽく言って、ランサーに相対する時とは打って変わってころころと笑う。それに、
「…………」
「アーチャー?」
不思議そうに、イリヤが尋ねた時だ。
「済まない」
「え?」
凛が問い返す。それに。
「今日だけは。……今日、だけは、させてほしい」
ぐいっ。
「え……?」
今度こぼしたのは、ランサーで。
顔を伏せたアーチャーに腕を強く引かれ、思わずたたらを踏んだ。だけど、逆らわず引っ張られていく。
「ちょっと、アーチャー……!」
凛の慌てたような声が遠ざかっていき、ずんずんとランサーは二階へと連れていかれていった。


ぴしゃん。
「…………」
伏せた顔。
耳が、赤い。
「……アーチャー?」
舌を鳴らす音、飲み込む音。
「済まない」
繰り返される謝罪。何が悪いのかと聞こうとすれば、
「済まない。今日、だけは」
君を。
「独占、させてほしいんだ」
顔を上げて、アーチャーはそんなことを言った。
「……へ?」
「だ、だから、」
幻なのではないだろうか。
目の前の男は、とランサーが思わず聞き返すと、確かにそこに存在するアーチャーはどもりながら、
「君を、独占させてほしい。私だけに、君を祝わせることを許してほしいんだ、ランサー。……いいだろう?」
駄目だろうか、ではなくて。
いいだろう、と。
頬を染めながらそう言った。
「……な……?」
問いかけるように伺う声に、ぱん、とどこかが跳ねた。
全く、どこからどこまで卑怯者なんだ。
「ラ、ランサー!?」
「ったく、おまえ、何なんだよ……」
抱きしめれば狼狽する気配。ずるいだろう、それは。もっと誇ればいい。私だけがと胸を張ればいい。驕ればいい。その資格がある。権利がある。アーチャー、には。
だって。
「ほしかった。オレだって」
おまえに祝って、ほしかった。
「……忘れていたの、では」
「思い出したら、たまんなくなった」
おまえが、言い出したんだと。
疼く心臓を抑え付けて口にする。ああ、たまらない。目の前の男の独占欲。誕生日を祝わせてくれだなどと。独占させてほしいと消え入るような、それでもはっきりした声で言った。
「……ランサー」
「ん……?」
「その、離し、て」
「嫌か……?」
「そうではなく」
…………。
耳元でささやかれた言葉に目を見開く。


今日は。
私から、全部。
「――――させて、ほしいんだ」
私が全部、するから。
ぱぁん。
「……ばか、やろ」
弾けた。
頭の中が、もう、ぜんぶ。
その日はとても幸せな日だった。
次の日から、照れてしまったアーチャーが自分を避けるようになっても。
夏至。
自分の誕生日がこんなにも幸せな日になるだなんて、ランサーは思っていなかったので。
数日間、彼は浮かれたままでいたそうな。


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